新人モデルのマイカはとても困っていた。

目の前に置いた強いカクテルを、先輩モデルの美夏が飲み干せと勧めるからだ。

断るわけにもいかないが、飲み干したりしたら
ぶっ倒れて明日の仕事に穴をあけかねない。

もちろん、美夏はそれを分かって勧めているのだ。

うつむいて唇をかんでいると、美夏が言った。

「せっかく作ってもらったのに、失礼な子ね。
仕方ないわ、じゃ、代わりに何か面白いことしなさい」

美夏は店内をぐるりと見渡すと、中年の男性を指さした。

「そうだ、あのダッサいオジサンの着こなしを真似て写真を撮りなさい。
ウフフ…… その写真をブログにアップしたら、飲まなくても許してあげるわ」

そう言いながら反応を想像して笑っている。

意地悪な注文だが、拒否すればもっと意地悪をされるだろう。

マイカは薄手のカーディガンを脱ぐと肩にかけて、
胸の真ん中で袖を結び、にっこり笑って写真を撮った。

まさか、ダサいオジサンを真似て……と書くわけにもいかないので、
こんなコメントを添えた。

“中目黒のバーで見つけたダンディなおじ様を真似てみました”

***

高野は、マイカのブログを見ながらほくそ笑んでいた。

昨晩飲んでいた中目黒の店で、肩にサマーセーターをかけていたからだ。

バブルの頃はこんな恰好してたよなぁ、なんて冗談でやっていたのだが……
まさか、人気上昇中のかわいいモデルが自分を真似て写真を撮るなんて。

高野は部下を呼びつけると、新商品のCMキャラクターにマイカを起用するよう言い付けた。

***

涼子は少しイラついていた。

高野がベッドの中でもまた、マイカの話をしたからだ。

若い女にダンディだと言われたのが、それほど嬉しいことなのか?

でも……嫉妬で感情が高ぶっているせいか、高野の指にいつもより感じる。

アッ……!

翌日の編集会議で、涼子はマイカを専属モデルに起用することを提案した。

高野との関係も最近マンネリ気味だったから、
マイカをカンフル剤にしようと考えたのだ。

***

「こんなスタイルがまた流行るなんて……」

雑誌のページをめくりながら、美夏はため息交じりにつぶやいた。

ほんの数か月前まで、この着こなしは間違いなくダサかったはずだ。

だが、今や、どのファッション雑誌でも、
カーディガンを肩にかけたマイカがにっこりと笑っている。

それどころか、街はカーディガンを肩にかけた若い女の子でいっぱいだ。

ブログに写真を上げてすぐ、食品のCMと、人気ファッション誌の専属契約が決まったマイカは、
カーディガンの肩掛けスタイルをラッキーコーディネートだと言いふらした。

マイカの幸運にあやかろうと、モデルたちは次々と肩にカーディガンをかけはじめた。

マスコミがそれを追いかけ、雑誌が特集記事を組んだ。

「流行は繰り返すっていうけど、本当ね」

雑誌を閉じて美夏がしみじみと言った。

流行は、ちょっとしたきっかけとくだらない理由で生まれていることに、
マイカも美夏もまだ気づいていない。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。