この世から消えてなくなればいいのに。

そんなふうに思うものが、誰にだって1つや2つはあるものだ。

「うおおぉぉぉぉぉ!!!」

またでやがった。

もう秋だというのに……

いや、秋だからこそ寒くなる季節に備えているのか、
奴は人がまだ起きている時間でも平気で食べ物を漁りに来やがる。

ああ、そうだ。

俺がこの世から消えてなくなればいいと思っている筆頭が、ゴキブリだ。

俺は、ゴキブリが大っ嫌いだ。

だいたい、あのルックスが気に食わない。

ふてぶてしく黒光りするからだの色合いといい、ひと目でそれと分かるあの形といい、気味悪く動く触角といい……

なぜあんな生き物がこの世の中にいるのか、
神様をひっ捕まえて説明を求めたいくらい嫌いだ。

だが俺は、奴を見つけても退治しようなどとは微塵も思わない。

なぜなら、俺は奴の存在など認めていないからだ。

無駄にすばしっこく動く奴の後を追うなんて、人間として生まれたプライドが許さない。

そう、俺は例え奴と目が合ったとしても、奴などまるでそこにいないように振舞ってやるのだ。

それから俺は、高いところも嫌いだ。

高いビルの上の方に、展望台などと呼ぶシロモノを作って、
下を眺めようという奴の気持ちなど、もうさっぱりわからない。

何が悲しくて入場料を払ってまで高いところに登っているのか。

高いところからヒモ一本くくりつけて飛び降りる遊びをする奴らなど、完全に頭がおかしいとしか思えない。

最近の世の中は、いくぶん狂っているに違いない。

狂っているといえば、時計だ。

チクタクチクタクと毎日毎日飽きもせずに時間を刻みやがって。

同じところをぐるぐる回って何がそんなに面白いのか。

だいたい、実際は見ることができない「時間」を、
まるで、自分が操っているとでも言いたげに針を刻む自意識過剰な態度が鼻につく。

お前が居なけりゃ、世の中の人は皆、どんなにのんびりゆったり、人間らしく生きられるかわからない。

ああ、そうだ、人間が時計に支配されているこの世の中は、やっぱり、ちょっと間違っているぞ。

我々はそろそろ目を覚ますべきではないのかっ!?

「はいはい、先生、先生がお嫌いなものは良くわかりましたから、
もう、その辺でおしまいにして、原稿を仕上げてくださいよ。締め切りは今夜なんですから…… 」

担当が半泣きになっているので、俺は仕方なくワープロに向き直った。

ちぇ。筆が進まない時っていうのは、時計の音が耳に障るぜ。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。