「涼子さんって、昔から素敵な女性だったわ。」
僕の方を見ないで話す可奈の目からは、まるで真珠の珠のような、大粒の涙が流れ落ちた。
「ごめん、可奈…… 隠すつもりじゃなかったんだ。」
「わかってる、達哉さんが悪いんじゃないわ……」
僕は悪い男かもしれない。
涼子、という立派な恋人がありながら、涼子とは正反対の、可奈の魅力に惹きつけられて、恋人、と呼ぶ以外にはない関係にまでなってしまった。
涼子と可奈が、高校の同級生だったなんて……
僕が、可奈に涼子のことを打ち明けざるおえなくなったのは、先週、可奈たちの高校の同窓会があったから。
涼子は、数日前に僕が贈った、婚約指輪をはめて出席したらしい。
「まさか、達哉が贈った指輪だったなんて……」
笑い泣きしているような可奈の目は、どうしてこんなにも魅力的なんだろう?
涼子は、同じ会社の後輩だった。
新人として挨拶をした時から、しとやかな雰囲気と可愛らしい顔が目を引いた。
並み居るライバルを蹴散らして、彼女と付き合い始めた僕に、同僚達は尊敬と嫉妬の入り混じった視線を送った。
僕は、涼子の恋人であることが、とても誇らしかった。
涼子は性格もよく、申し分のない恋人だった。
でも……
悪いのはきっと、僕。
ひょんなきっかけで知り合った可奈のことが、どうしても忘れられなくなった。
聞き出した電話番号を頼りに、住所を調べて、「お礼」と称して花を送った。
驚いた声で電話してきた可奈を、すかさずデートに誘って……
気付いたときには、涼子と同じくらい、いや、涼子よりももっと深く、可奈のことを愛していた。
けれど……
涼子との交際はもう3年目、この会社では暗黙の了解である社内恋愛の期限いっぱいで、涼子は僕の婚約者として、この秋退社を予定している。
それを決断したのは、僕だ。
目をまっすぐに見ることが出来ないまま、可奈の肩に手をかけようとしたとき、涙にぬれた顔を上げて、可奈が僕の名を呼んだ。
「達哉さん……」
「達哉さんが、私を愛していてくれていたのは、嘘じゃないわよね?
ただ、愛する人が私一人じゃなかっただけ……そうでしょ?」
可奈の印象的な瞳に、小さな真珠がいくつも光っていた。
「それでね、達哉さん、私、達哉さんにお願いがあるの」
「涼子にあげたのと同じ指輪を私にもちょうだい、
もちろん、結婚してなんて言わないわ。
でも、涼子に負けないくらい私のことを愛してくれていたという証拠に、
涼子にあげたのと同じ、あのダイヤモンドを私にもちょうだい。」
驚いた……
予測のつく反応しかしない涼子の退屈さから、惹かれた可奈ではあったけれど、まさか、そんなことを言い出すなんて。
涼子に贈った婚約指輪は、女性に人気のあるB社の、王冠をかたどったデザインのもの。
おとなしい涼子よりも、むしろ、華やかな可奈の指に似合いそうだった。
僕は、自分のしたことへの反省と、可奈への精一杯の愛を込めて、このおねだりを聞き入れた。
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「ただいまー、あなた、今日は遅くなってしまってごめんなさい。
お友達とね、ちょっとショッピングに行っていたの。」
「いいよ、今日は僕も外で食事を済ませてきたし。」
「帰りに美味しいチーズを買ってきたわ、この間のワイン、開けない?」
可奈は帰りのタクシーの中で、はずしてあった指輪を、元通り薬指にはめた。
シンプルで飽きのこないデザインは、可奈の好きなB社のもの。
「素敵な指輪はいくつあってもいいものだわ」
可奈は小さくつぶやきながら、左手をフロアーライトにかざしてみた。
達哉さんは、私が結婚していることを知らないみたいだけれど、聞かれたことがなかったから、何も言わなかっただけ。
同時に二人の人を愛してしまったのは、達哉さんだけじゃなかったのよ。
ライトに照らされた可奈の顔は、真珠の涙などすっかり乾いて、ダイヤモンドのような微笑みが、ミステリアスな光を放っていた。