※この記事は映画『鳩の撃退法』をご覧になった方向けに書いています。

早速ですが、私が考えるホント<現実>を確度の高い順に書いていきます。

基本的に、鳥飼なほみの登場シーン(大金を燃やすシーンを除く)はすべて現実です。
理由は、鳥飼なほみが津田の小説には登場していないから。

大金を燃やすシーンは、津田が鳥飼に意見を求めている場面のため、
小説アイデアの映像化と考えるのが妥当でしょう。

次に、コーヒーショップの店員沼本(ぬもと)デリヘル社長の川島床屋まえだの存在も現実。
ついでに、猫でも犬でも人でも燃やせるクリーンセンターがあることも、鳥飼が富山で確認しているため、現実。

さらに、倉田という人物が存在していることも現実。

なぜなら、慈善家の男が、倉田が代理で寄付したと言って高円寺のバーに3,000万円の領収書を届けに来たから。

ここから紐づけて、津田がチンピラを通じて倉田に3,000万円と偽札2枚とピーターパンの本を渡したことも現実。

ダム底から男女の遺体が発見されたこと」も、高円寺のバーに新聞記事が届いているので現実。

同様の理由で、幸地秀吉一家3人行方不明も現実。

新聞に掲載されるような事件の有無は、鳥飼が調べればすぐにわかることです。

富山で偽の1万円札が見つかった事件も同様に現実。

秀吉の妻が奈々美であること、幸地秀吉と奈々美と茜が3人家族だということも新聞に記載されたため現実。

そもそもの始まりである津田伸一がコーヒーショップで幸地秀吉と会ったこと」も現実。

ただし、コーヒーショップで話した内容は、津田の創作である可能性もあります。

なぜなら、津田の『ピーターパーンとウェンディ』が実在する本であるのに対し、
秀吉の『蝶番』という本は実在していないから。八村領なる作者も同様。

にも関わらず、2人が会話するシーンでは何度もこのタイトルが映り、なんだかちょっと意味深です。

「蝶番(ちょうつがい)」はドアなどの金具のことだですが、元々はつがいの蝶のことだそう。

この「つがいの蝶」は、倉田の監視下にある秀吉夫婦を表しているようにも感じられます。

また、「蝶番」には“つなぎめ”の意味もあるので、
津田と秀吉が会話するこのシーンは「現実と小説のつなぎ目」のメタファー
では?
などと深読みすることもできそうです。

さらに、本の帯の言葉

別の場所で
ふたりが出会っていれば幸せになれたはずだった
運命翻弄され、悲しみの果てに見る景色とは

↑これは、“津田の小説の中の秀吉”の想いとも重なっています。

もう1つ現実なのは、郵便配達員春山次郎と奈々美が不倫していること。

理由は、春山に貢ぐデリヘル嬢がへし折ったビデオのメモリーカードに2人の情事が記録されていたから。

津田は、そのメモリーカードの動画を見るために、沼本からビデオを借りており、
メモリーカードを入れたまま返したため、富山を尋ねた鳥飼に、沼本がカードを預けています。

本通り裏の怖い人たちがが東京まで津田を追いかけてきたので、津田が吟子に手を出したのも現実です。

さて、次に、確実ではないけれど多分現実と思われるのは、次の3つ。

古本屋を営んでいた房州老人が津田に3,000万円+偽札3枚を残したこと。
これをウソと考えてしまうと、3,000万円の出所が不明になってしまいますし、
そもそも3,000万円などなかったと考えると、慈善事業家の男が登場する辻褄が合いません。

それから、津田が床屋まえだで偽札を使い、まえだがそれを警察には言わず、
高円寺に逃げるよう忠告した
ことも多分現実。

現在津田は高円寺のバーで働いており、ママの名前も加奈子で一致しますし、
ママは富山から新聞を取り寄せているため、富山に知り合いがいそうです。

それから、津田は最近まで3,002万円全てが偽札だと思っていました。

理由は、領収書を持ってきた慈善事業家に「3,002万円ではないか?」と確認しているため。

では、ウソ<小説>=津田の創作の可能性が高いのはどの部分でしょう?

まずは、倉田健次郎の人となりや行動です。

だって、津田は一度も倉田と会っていませんし、声さえ直接は聞いていません。
現実的に確認できるのは、チンピラたちが恐れる倉田という人物がいることだけです。

同様に、幸地秀吉の行動も、津田の創作である可能性が高いでしょう。

秀吉と津田が会ったのは、富山のコーヒーショップと、
高円寺のバーを出て離れたところから見かけたラストシーンだけです。

もうワンシーン、新聞記事の写真として登場しますが、他の場面はどれも現実だった証拠がありません。

さらに、ニセ札とは知らずに津田に3万円を渡した加賀まりこの行動も、
結果的にニセ札を運んだことになる奥平の行動も、津田が創作できそうです。

これらを踏まえて現実の出来事をまとめると、以下の通りです。

津田は富山でデリヘルのドライバーとして働いていた。
幸地秀吉とコーヒーショップで出会う。もしくは何度も見かけて認知する。
秀吉一家失踪行方不明事件を知る。
・房州老人から3,003万円を譲りうける
床屋まえだで1万円を使う
・床屋まえだで偽札が見つかり警察沙汰になる。
・デリヘルの加賀まりこから郵便配達員が残したビデオカメラを預かる
・メモリーカードの中身から、秀吉の妻奈々美と郵便配達員の不倫を知る。
・コーヒーショップの沼本と一緒に本通り裏のバーに行く
・裏社会の男の愛人吟子に手を出し、チンピラに詰め寄られる。
・咄嗟に倉田の名前を出して助かり、3,002万円の偽札とピーターパンの本を倉田に渡してもらう。
・怖い人たちに追いかけられた理由は偽札ではなく吟子に手を出したことだとわかる。
・あわやというところで怖い人に倉田から電話が入って助かる
富山で男女の死体が発見されたことを知る。
・小説の結末を考えているところに、ピーターパンの本が届く
・届けに来た人物の後を追うと、それは秀吉で、車にはもう一人同乗していた。
・津田は執筆中の小説のタイトルを『鳩の撃退法』と決める

これらの事実を繋ぎ合わせ、倉田という男の人物像や、秀吉の苦悩を盛り込み、
偽札が自分の手元に回ってきた経路を想像し、新聞で見た事件とも絡めて書き上げたのが
津田伸一の新作小説『鳩の撃退法』です。

コーヒーショップで出会った男の新聞記事から着想を得て、
房州老人から譲られた大金や3枚のニセ札を絡め、
女にだらしないせいで怖い人たちに追われたことまで利用して、
こんなに面白い物語にするのだから、さすがは天才小説家!

特に、秀吉がどうにもならないところで手を叩くくだりは、
秀吉と会ったときたまたま読んでいたピーターパーンに意味を持たせる描写であり、
残酷な物語にファンタジーを織り交ぜる試みだったに違いありません。