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ショートストーリー, 世にも奇妙な物語

残暑の厳しい9月のある日、俺は突然リストラされた。

独り身ではなかったから、本当ならば慌てて次の仕事を探すべきだったのだろうが、

少ないながらも退職金が出たのと、

年上の妻がパートで結構な給料を貰っていたのをいいことに、

しばらくぶらぶらと遊んで暮らした。

北風の冷たい11月のある日、暇つぶしに競馬をしてみた。

たまたま買った馬券が当たり、3ヶ月分の給料に近い額をあっという間に手に入れた。

が、これがいけなかった。

俺はすっかりギャンブルにはまり、競馬、競輪、競艇、パチンコと、

ギャンブル漬けの日々を送った。

ビギナーズラックが長く続くわけもなく、時々儲けることもあったが、

退職金はみるみる減っていった。

クリスマスソングが流れる12月のある日、朝起きると妻がいなくなっていた。

書置きから家出だと知って驚いた。

最近の俺の有様では、妻が家出したくなるのも当然だったが、

俺にゾッコンだった妻が出て行くなどとは、想像もしていなかったのだ。

俺は思いつく限りの場所を全て探したが、妻の消息はわからなかった。

大晦日になっても妻は戻らず、居場所を見つけ出すことも出来なかった。

その夜自棄酒を飲んで眠った俺は、なんとも不思議な夢を見た。

白い髭をはやした爺さんが俺の枕元に立って、こんな事を言ったのだ。

「おまえは夏にリストラされて、嫁さんに出て行かれたろう。

このままではお前の命も長くないぞ。

一人寂しく死にたくなければ、今すぐギャンブルを止めて、まともな仕事を探しなさい。

一生懸命働けば、嫁さんも戻ってきて、子を持つこともできるじゃろう」

俺は、目が冷めてからもはっきりと憶えている夢を不思議に思い、

見たこともない爺さんが自分のことを見通しているのを気味悪く感じた。

飲みすぎて幻覚を見たのだろうか?

それとも、これが初夢のお告げというものなのだろうか?

あの爺さん、このままでは俺の命が長くないと言ってたなあ。

そういえばここしばらく胃の辺りがむかついている。

胃癌にでもなるのだろうか?

俺は雑煮も無い寂しい新年を迎えながら、妻と子のいる暖かい家庭と、

独り寂しくベッドに横たわる自分を交互に想像した。

ギャンブルと酒に身を浸した時間は、まだそれほど長くはない。

元のまっとうな生活に戻すのは今しかない。

俺は独りのベッドで死んでいく自分をもう一度想像して身震いした。

ベッド脇のチェスとに転がったままの目覚まし時計を久しぶりにセットして、

明日からはちゃんとした生活をしようと心に誓った。

その夜俺は、また、きのうと同じ爺さんの夢を見た。

「早起きしようとはなかなかよい心がけじゃ。

明日起きたら掛け時計の裏を見てみなさい。

貼り付けてある封筒の中に金が入っておるから、それで正月らしいものでも食べなさい」

目が覚めてすぐ掛け時計の裏を探ると、爺さんの言った通り封筒が貼ってあった。

不思議な爺さんのことを、もう酔いが見せた幻覚だとは思わなかった。

顔を洗って髭をそり、服を着替えてコンビニに行った。

買ってきた餅を焼いて食べると、少し正月らしい気分になった。

神社に出かけると、境内は家族連れで賑わっており、妻のことが強く思い出された。

お参りをして、妻の帰宅と、良い仕事が見つかることを祈った。

それからの俺は、ギャンブルを一切止めて、自炊できちんと食事を取り、

一生懸命職探しをした。

寒さが厳しい2月のある日、必死で探した甲斐があり、

条件の良い職に就くことが出来た。

前の仕事より向いていたのか、仕事にもすぐに慣れて、

職場の仲間とも上手く馴染んだ。

久しぶりに心地良く眠りに落ちたその夜、またあの爺さんが現れた。

「よく頑張ったな。

今の生活を続ければ、独り寂しく死んでいく可能性も消えるだろう。

胃の不快感も無くなっておるじゃろう。

まあ、もう少しお前の様子を見ていることにしよう」

目が覚めた俺は、そういえば、以前より胃がすっきりしていることに気づいた。

それからも爺さんは時々枕元に現れ、俺を叱ったり励ましたりした。

太陽が眩しい7月のある日、俺は再就職して初めてのボーナスを手にした。

俺はすっかり生活を正した自分の姿を、妻に見てもらいたいと思った。

もし妻の居場所がわかれば、すぐにでも迎えに行きたかった。

***********

「先生、本当にありがとうございました」

モニターから流れる夫の寝言を聴いて、女は嬉し涙を流した。

「夫がリストラされてギャンブルに走った時にはどうしようかと思いましたが、

先生にご相談して本当に良かった」

女は大きく膨らんだおなかをさすりながら続けた。

「夫があんな様子のままでは、この子が出来たことを告げることもできませんでしたもの。

それにしても、先生が発明した目覚まし時計型催眠装置は

なんて素晴らしいんでしょう!

寝言で近況を報告させながら、睡眠中に催眠術をかけるなんて……」

「いやいや、ワシの方こそ、この装置の実験に協力してもらって感謝しておるんじゃ。

予想以上の成功に満足しておるよ」

白い髭を撫でながら、博士は嬉しそうに微笑んだ。

「さて、最後の催眠をかけるとするか」

博士がマイクに向かって語り始めた睡眠時催眠術の言葉が、

目覚まし時計型催眠装置から流れ出した。

「もうすぐ嫁さんが帰って来るぞ。

普通の体じゃない嫁さんを大切にするように。

これからは家族3人で幸せに暮らせるじゃろう……」

Happyの予感, ショートストーリー, バレンタインデー

久しぶりに定時で仕事を終えて、ショッピングでもしようと考えながら
外に出ると、思いがけないくらい明るい空が広がっていた。

春が近くなってる。

日が長くなったのに気づくのは、毎年決まってこの時期だ。

冷たい風にぶるっと震えて、身を小さく縮めながら、
いつも一番寒い時期に春を感じる自分に苦笑する。

女の子たちが連れ立って吸い込まれていくデパートのウインドウには、
赤やピンクのハートが溢れ、バレンタインが近いことを知らされる。

チョコレートを買わなくなってから、今年で何年目になるだろう?

反射的に目をやった時計は、彼とお揃いの機械式。

初めて買った、チョコレートじゃないバレンタインのプレゼントを
受け取ることなく、遠いところに行ってしまった彼。

あの年から、私はバレンタインが嫌いになった。

「藍沢さん!僕にもチョコレート買ってよ」

能天気な声に振り返ると、先月移動してきたばかりの高橋くんが
人懐っこい顔で笑っていた。

社内で唯一、私がチョコレートを買わないことを知らない男性。

「藍沢さんにそんな真剣な顔でチョコレートを選ばせる相手って、
どんな奴なんだろう?ちょっと羨ましいな」

ウインドウの前で黙って立ち止まっていたから誤解したようだ。

「別にチョコレート選んでたわけじゃないわ」

ぶっきらぼうに返事をして歩き出した。

「じゃ、今から一緒にメシでも食おうよ。まだ空も明るいし、なっ?」

一緒にご飯を食べることと空が明るいことの関係はよくわからないけれど、
にこにこしながら足早についてくる高橋くんを見たら、何故か笑みが込み上げてきた。

「そうね、じゃ、行きましょうか。まだ空も明るいし……」

広い空の西の端を、薄ピンクの夕焼けがわずかに染め初めていた。

春が近くなってる?

 

このショートストーリーを掲載のウオッチコレメールマガジン「ブリリアントタイム」は、
隔週金曜配信です♪

Happyの予感, ショートストーリー

「本当?」

訝しげに聞き返す彼女に僕はもう一度言った。

「本当さ、創った本人が驚いてるんだから。

本当に、この指輪に願い事をすると叶うんだよ」

僕は駆け出しのジュエリーアーティスト。
半年前からこの小さなスペースで、オリジナルジュエリーを売っている。

彼女はひと月ほど前から時々お店を覗きにくるようになった。

僕の作品をいつも熱心に眺めてくれる彼女に、今日、初めて声をかけた。

彼女が手に取っているのは、つい最近仕上がったばかりの新作、ウイッシュエンジェル。

愛らしい天使が小首をかしげた金細工の指輪。

「疑うんなら、それ、君にあげるから試してごらん」

僕は思い切って言ってみた。

「え?私にくれるの!?

……嬉しいけど、ダメよ、こんな高価なものいただくわけにはいかないわ」

「じゃあさ、交換条件。今日の夕飯奢ってよ。

実は、この先にあるイタリアンの店が上手いイカ墨スパゲッティを食わしてくれるらしいんだ。

でも、男一人で入るにはちょっと抵抗がある店なんだよ」

「イカ墨スパゲッティでいいの?」

「そう、イカ墨スパゲッティが食べたいの」

僕はニッコリ微笑んだ。

彼女の気が変わらないうちに、指輪を指にはめてしまうと、あっけに取られている彼女に言った。

「さ、今日はもう店はおしまい。今からすぐに食いに行こう!」

「あ……は、はい」

戸惑いながらも頷く彼女に僕はもう一度自信たっぷりに言った。

「それ、本当に願いが叶う指輪なんだよ」

だって、僕がこのエンジェルにかけた願いは、時々見かける君をデートに誘うことだったんだから。

ショートストーリー, 秘密

「それで、全部ごっそり持っていかれちゃったの!?」

奈津美は目を丸くして叫んだ。

「そう、ごっそり、全部」

私はお茶をすすりながら、ゆっくりと答えた。

「よくそんなふうに平気な顔していられるわね?」

奈津美は信じられないといった顔をして、非難めいた目を向ける。

「騒いだって取られたものが戻ってくるわけじゃないもの」

先週末、泥棒に入られた。

数ヶ月前から、このあたりでは貴金属専門の窃盗事件が何件も起きていた。
用心をするよう回覧板も回っていたし、警戒;のパトロールも定期的に行われていた。

戸締りをしっかりし、夜間は部屋の電気をつけたまま出かけた。
それでも、窓をほんの少しだけ割って家に入った犯人は、
部屋を全く荒らすことなく目的を果たして逃走した。

現金や通帳にはいっさい手をつけず、ちゃんと値の張る貴金属だけを選んで持って行ったその手口は、鮮やかとさえ言えた。

もしも窓ガラスが割れていなければ、すぐには犯行に気付けなかったかもしれない。

「由佳は昔からいつもそう、何か大変なことが起っても、まるで見えていないみたいに平然としてる」

「はは」

奈津美の言葉が、あまりにも上手く私を言い表しているので、思わず自嘲の笑いが漏れた。

本当に、私には感情をきちんと表現する力が足りないのかもしれない。

“あのこと”を知った時だって、怒ることも泣くことも出来ず、
今と同じように、ただ、静かにお茶を飲んでいた。

心から信頼していた夫に裏切られた痛手は大きく、
本当は、心臓が止まってしまいそうなほど驚いていたというのに。

当日は出張だからと、5回目の結婚記念日のお祝いは早めに済ませた。

出張先で記念日を迎えた夫は、その夜を恋人と過ごしていた。

私がそのことを知ったのは、夫が戻る前日。

親切な女将が同伴女性の忘れ物に気付き、宿帳の住所、
つまりここに郵送してくれたのだ。

彼女が宿にイヤリングを忘れたりしなければ、
出張の度に二人が会っていたことも知らないで済んだのに……。

まるで妻のように振る舞い、イヤリングをわざと置いてきたのかもしれないその女性のことを想像すると、少しだけ吐き気がした。

「それにしても、婚約指輪まで持っていくなんて、許せない!」

奈津美は、まるで自分の指輪が盗まれでもしたかのように、いつまでも怒っている。

夫の前に、あのイヤリングを突き出して、こんなふうに怒ってみせたら、夫はどんな顔をするだろう?

冷静沈着で、何事にもソツの無い夫が、どんな言い訳をするか聞いてみたいと思った。

「全部なくなっちゃったから。とりあえず、一つだけね」

警察;とガラス屋が帰った後、食事に連れ出してくれた夫は、帰りに新しい指輪を買ってくれた。

あのイヤリングも、こんなふうにスマートに彼女に買い与えたものなのだろうか?

「取られちゃったものは仕方ないよ。君も僕も無事だっただけで十分だ」

少し曇った顔をしていたらしい私にそう言って、夫は今朝も爽やかに出かけて行った。

週末の出来事に対してまだ何か言いたげな奈津美を制して、私は本題に入った。

「ね、奈津美、私、家を出ることにしたの」

「え?」

突然変わった話題の唐突さに、奈津美はまた目を丸くした。

「由佳、何言ってるの……?」

まったく理解できない、という表情で、次の言葉を待っている。

「だいぶ前から計画してたの。新しく住む家も用意してあるし、当面の生活費もちゃんと蓄えてあるの。
でね、奈津美にお願いがあるの。これを夫に渡してくれないかしら?」

私はイヤリングと短い手紙を奈津美に差し出した。

飲み込めない顔のままそれを受け取った奈津美が尋ねる。

「で、いつ頃出て行く気なの?」

「今からよ。このお茶を全部飲んでしまったら」

そう言いながら立ち上がって、隣の部屋に用意していたボストンバックを持ってくると、
立ったまま残りのお茶を飲み干した。

「ちょ、ちょっと待ってよ……」

ワケが分からず半泣きの顔つきになっている奈津美には悪いと思ったけれど、
あのイヤリングを見れば夫は全てを理解するに違いない。

夫婦共通の友人だった奈津美には、落ち着いたらゆっくりお詫びとお礼をしようと思っていた。

「奈津美、お茶飲んだら適当に帰ってくれればいいわ。
戸締り?鍵はそこにあるけれど、別にどちらでもかまわない。
かけておいたって泥棒が入るのだから。」

面白い冗談を言ったつもりだったけれど、奈津美はちっとも笑わなかった。

「落ち着いたら連絡するね。それ、よろしくね」

呆然としている奈津美にそう伝えると、コートに袖を通しながら靴を履き、
表で待っている車に向って走った。

乗り込むとすぐに発車した車の運転席には、大好きな人の笑顔があった。

「由佳、会いたかったよ」

そう言って微笑む彼は、私の恋人。

夫が長い間ずっと楽しんでいた婚外恋愛を、私も楽しむことにしたのだ。

「面倒なこと頼んじゃってごめんなさい。でも、上手くやったわね」

私は、後部座席のバッグを振り返ってつぶやいた。

バックの中には、お洒落な夫が使っていた高価な時計が何本も入っている。
もちろん、私がお気に入りだった宝石類も。

人気ブランドの婚約指輪を売れば、二人で南の島を旅行することもできるだろう。

連続窃盗犯には申し訳ないけれど、罪をかぶってもらうことにした。

明日の朝、夫はまた爽やかに言うだろうか?
「取られちゃったものは仕方ないよ」と。

夫の顔を想像しながら、小さな声でつぶやいてみた。

「新しい人生の楽しみ方を教えてくれてありがとう」

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ショートストーリー, 世にも奇妙な物語

困った顔をしたまま考え込んでいたドラえもんが、
今にもタイムマシーンに乗り込もうとしている私の肩を叩いて口を開いた。

「君、どうしてタイムマシンに乗りたいの?」

「ど、どうしてって…」

「しょうがないなー」と言いながら簡単に乗せてくれるものだと思っていた私は、
少々とまどいながらも、古い年賀状を誤って投函してしまったことから、
ずっと好きだった彼の話まで、全ての事情をドラえもんに話した。

腕組みをして聞いていたドラえもんは、話を全部聞き終わると、
なんだか申し訳なさそうにこう言った。

「美香さんが困ってるのはよく判ったけど、
タイムマシンで過去に行っても現在を変えることは出来ないんだ。」

「変えられないってどういうこと?」

「つまりね…」

ドラえもんはポケットから紙と鉛筆を取り出すと、説明を始めた。

「昔の人は、“時間の流れ”を一本の線のように理解していたんだけど、
実際にタイムマシーンが出来て、検証が進むうちに、そうじゃなかったことが判ったんだ」

「例えばね……」

と、紙に一本の線を引き、その端っこにマルをつけて、続けた。

「これが、美香さんが生まれてからこれまでずっと過ごしている時間だとするでしょ、
そしてこのマルが、今ボクと話している時間」

次に三分の一ほど戻ったところにバツを書いて言った。

「ここが12年前、年賀状を書いた日だとするよ。
それで、このバツまでタイムマシーンで戻って、
12年前の美香さんと違った行動を取るとすると……」

ドラえもんは、バツのところから新しい線をもう一本書いて、付け加えた。

「違う人生が生まれてしまう」

そうよ、ソレこそが私の望み!
そう思ってドラえもんの顔を見ると、さらに続けてこう言うのだ。

「だけど、この新しい人生は、今、ボクとこうして話している美香さんの人生じゃないんだ。
この新しい線の先にボクと会っているしるしのマルはないでしょ?
つまり、この新しい人生を歩いている美香さんは、未来においてボクとは出会わないことになる。
でも、ボクは今こうして美香さんと話してるんだ。おかしいでしょ?」

そ、そりゃおかしいけど……

「実はね、今存在している美香さんは、ボクと話している美香さん一人だけじゃないんだ」

え?私が他にもいるっていうこと?

驚いた私の心を見透かすように、ドラえもんが続ける。

「そう、同時に何人も存在している可能性がある。
ただ、それぞれ全く別々の“時間の流れ”の中で暮らしているから、
ボクと話しているこの時間の流れの中いる美香さんは、今ここに居る美香さん一人だけなんだ」

ドラえもんはさっきの紙を見せながら、バツのところから新しく書いた線をもう一度指した。

「タイムマシーンで過去のどこかの地点に戻って、何か違う行動をすると、
そこから別の美香さんが歩く、まったく新しい時間が生まれるんだ。
過去で何をしても現在を変えることができないことがわかったから、
タイムマシーンの一般使用が可能になったんだ」

ドラえもんのややこしい説明は、わかったようなわからないような気分で、
なんだか頭が痛くなった。

「つまり、もし12年前に戻って年賀状を投函して、新しい人生が開けたとしても、
その人生を歩くのは私じゃない別の私ということなの!?」

念を押すように訪ねると、
「そうそう」とドラえもんはホッとした顔をした。

それでも、どうしても納得できなかった私は、今を変えられないことを承知の上で、
もう一度頼み込んでタイムマシンに乗り込み、念願の12年前に戻った。

**********

「ね、これでよくわかったでしょ」

ドラえもんは、出発した時と何も変わっていない私の部屋を指し示しながら私に納得を促した。

「ホントね」

少し散らかった部屋はタイムマシンに乗り込んだときと寸分も違ってはいない。

私は、12年前に戻り、確かに年賀状を投函してきた。

その後新しく生まれたもうひとりの私の人生を覗いて来たいとお願いしたが、
違う時間の流れに入り込むと元には戻れなくなるから出来ないと断られた。

もうひとりの私は今頃、どんな人生を歩いているのだろうか?

大好きな彼の隣で微笑みながら、彼に似た赤ちゃんを抱いているかもしれない。

私は勝手な想像に浸り、自分の分身の幸せを思うことで、
変えることのできなかった今を受け入れるしかなかった。

「ドラえもん、無理を言ってごめんなさいね。本当にありがとう!」

「どういたしまして。ボクこそ操縦ミスでここに出てきてしまってごめんなさい」

「さあ、もう一度本当の目的地へ出発しなきゃ」とドラえもんは立ち上がった。

「ずいぶん寄り道させてしまったわね。今度は間違えないように気をつけてね」

そう言いながら握手をしたけれど、一緒に時間を遡ったドラえもんが、
もう何十年も付き合っている親友のように思えて、別れるのがとても辛かった。

「美香さん…」

ドラえもんは涙声で名前を呼ぶと、私に向って銃のようなものの引き金を引いた。

「美香さん、ごめんなさい。ちょっと時間を止めただけですぐに元に戻るからね」

タイムマシンの使用規則の中でも、もっとも大切な最後の一条には、こんな文章があった。

<タイムマシン開発以前の過去において予定外の人物と接触を持った場合、
その人物がタイムマシンに関して得た知識を完全に消去して、速やかに立ち去ること。>

ドラえもんは一瞬止めた時間の中を、再びタイムマシンに乗り込んだ。
そうだ、もう一度だけ寄り道をしていこう。

涙ぐんだ顔のまま時を止めている美香を見ると、
引き返して少しだけ未来の彼女の様子を見届けてみたくなった。

今度は決して本人に出合わないように、細心の注意を払いながら……

*********

「お母さん!お母さん!お母さん、愛してるわ!!」

美香が二階から駆け下りてくる。

さっきかかってきた電話を持ったまま二階に上がって、
ずいぶん長電話をしていたようだ。

それにしても、年末からずっと塞いだっきりだと思ったら、
今度は私を愛しているだなんて……。

美枝は離婚したばかりの娘の、不安定な情緒を思ってため息をついた。

美香が長電話をしていた相手が、12年も思い続けていた男性だったということを、美枝はまだ知らない。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

ショートストーリー, 世にも奇妙な物語

「下手な考え休むに似たり」
父はよく、ぼんやりと考えごとをしている私を見ると、そう言ってからかった。

その度に「失礼ね!」と口を尖らせたものだったが、今は、父が言う通りだと思う。

12年前の年賀状が母に投函されてしまってからずっと、
善後策を考えているけれど、名案が突然浮かぶわけもない。

ボーっとしているようにしか見えない私の様子は、
それこそ、休んでいるよりもっと役に立たない状態だった。

「はぁ… 」

またため息が口をついた時、ライティングデスクの引き出しがガタガタを動いた。

何?

ギョッとして振り返った私は、そこに見えるはずなど無いものを目にして、
考え事をし過ぎたせいで頭がおかしくなってしまったかもしれないと心配になった。

子供の頃から何度も見たことのあるそのずんぐりむっくりとした体、
特徴のあるダミ声……

引き出しから体半分を突き出しているのは、まぎれもなく、
あの、“ドラえもん”だった。

う…そ。

人は本当に驚いた時、声を出すことすら忘れるというのは本当のようだ。

「あれ、おかしいなア」

ドラえもんは短い手で頭をかきながら、ちょっと困った顔をしている。
私に気づくと、テレビの中からしか聞こえたことのなかった、あのフレーズを口にした。

「ボク、ドラえもん」

うわー!言った!!

一瞬、自分の置かれた異常な状況さえ忘れ、手放しで嬉しくなってしまった私は、
やっぱり大人になりきれていないのかもしれない。

「君は誰?」

ドラえもんは、
自分が未来においてポピュラーに実在するロボットだということ、
その容姿は、大ヒットした20世紀のマンガを元に形づくられていること、
彼の時代には、いくつもの細な規則を覚え、訓練を受けて免許を取れば
「タイムマシーン」を操縦することができること、
ただし、その操縦はきわめて難しく、今回のように本来行きたかった所とは
別の場所に飛び出してしまうことも決して珍しくないことなどを、
のび太君にひみつ道具の説明をするときと同じように教えてくれた。

驚きが納得に代わると、「渡りに船」とはまさにこのことと、
さっきまでの消沈した気分が晴れ始めた。

「ねえ、ドラえもん、お願いがあるの。私をそのタイムマシンに乗せてくれない?」

彼のタイムマシンに乗せてもらって、母が年賀状をポストに投函する前の時間
まで戻ろうと考えたのだ。

いや、どうせならば12年前に戻って、リアルタイムであの葉書を投函するほうがいいかもしれない。

とんでもないお願いをされて、頭をかきながら考え込んでいるドラえもんを横目に、
私は、人生をやりなおせるかもしれない期待に大きく胸を膨らませ、
体はすでにタイムマシーンの乗り口へと向っているのだった。

『タイムマシン 最終話』に続く

ショートストーリー, 世にも奇妙な物語

今年もどうぞよろしくね! 佐々木美香

…と。

佐々木、かぁ。とうとう出戻ってきちゃったな。

美香はあまり長くなかった結婚生活を振り返った。

やはり、好きでもない人と結婚したのが間違いだった。

20代のうちにウエディングドレスを着たいだとか、
経済的に恵まれていれば愛情なんて後から着いて来るはずとか、
打算ばかりで結婚したバチが当ったのだと思う。

暮らし慣れたこの部屋で、書き終えた年賀状を眺めながら、
また佐々木に戻ったことを、友人達にどう話そうかと迷っていた。

指の上でボールペンを回しながら、ぼんやりと考えごとをしているうちに、
それがクセだった“あのひと”のことを思い出した。

何度も書いた“あのひと”宛ての年賀状は、
結局一度も投函されないまま、今も押入れの奥にしまわれている。

急に取り出してみたくなって、押入れの扉に手をかけた。

使っていない鞄や、扇風機や、捨てられない人形たちを押しのけて、
その奥で埃をかぶっている四角いクッキーの缶を取り出した。

蓋を開けると、「あのひと」の香りが漂ってくる気がした。

そう、ずっと片想いをしていた、そして、今でもまだ想い続けているあのひと。

大学卒業の翌年に出しそびれて、それから、とうとう一度も出すことができなかった年賀状の束。

一番上の一枚を取り上げると、そこには可愛らしいうさぎのイラストが描かれていた。

もう干支がひとまわりしちゃったのねとため息をついて、
別の人と結婚までしながら、こんなにも長い片想いを引きずっていたことにあらためて気付いた。

「美香、…美香!」

階下から、母が大きな声で呼んでいる。

私は、うさぎの葉書一枚だけを手に持ったまま、缶や人形を慌てて押入れに突っ込んだ。

「美香!ちょっと買い物頼まれてちょうだい」

出戻り娘は、母の使いっぱしりになることで、また実家で食べさせてもらう後ろめたさを振り払っていた。

「はーい!」

ひつじの葉書をテーブルに置き、ダウンジャケットを羽織って下に下りた。

美枝は美香のことが心配だった。

どんなに平気を装っていたって、2年足らずで解消した結婚生活の痛手は大きかったに違いない。

いくら聞いても離婚の理由をはっきりと言わなかったことも気になっていた。

こんなことはしたくないが、美香の部屋を少し探って、
少しでも娘の気持ちを知ることができれば…、
そんなふうに思うのだった。

二階に上がった美枝は、机の上に散乱した葉書を見て驚いた。

美香は年賀状を書いていたようだ。

相変わらず片付けが下手な娘に、離婚の理由の一端を知ったような気もした。

葉書はみな書き上がっているようだから、せめてひとまとめにしておいてやろうと、かき集めて重ねた。

そういえば、さっき美香に渡した買い物メモに、書き忘れたものがあった。

どうせならば美香を追いかけて、ついでにこの葉書もポストに入れてきてあげよう。

のんびりとした娘のことだから、放っておいたらこのまま何日も先まで投函せずにいるかもしれない。

美枝は重ねた葉書をエプロンのポケットに入れ、階段を下りた。

表に出て少し走ったところで、先を歩く美香の姿が見えた。

「美香!美香ー!」

振り返って戻ってきた美香に追加の買い物を伝え、
ついでに年賀状を出しておくことを告げると、角を曲がってポストに向った。

「ただいま」

二つになった買い物袋をキッチンにどさっと置いて、一息つく。

母が煎れてくれた紅茶で体が暖まると、置きっぱなしにしてきた葉書のことを思い出し、
あわてて二階に上がった。

な…無い!

友人達に書き終えた葉書と一緒に、12年前のうさぎの葉書も、テーブルの上から消えていた。

おかあさん……

泣き出したい気分になった。

けれど、母に理由を話すわけにはいかないから、怒ることも、泣くこともできない。

12年もの間ここにあった年賀状が、ほんの数十分前に母の手で投函されてしまった。

来年の元日、あの人は、あの年賀状を受け取ってしまうのだろうか?

値上がりした葉書代の、不足分請求と一緒に……

想像するだけで恥ずかしくて、このまま溶けて無くなってしまいたくなった。

『タイムマシン第2話』に続く