タイムマシン (全3回 第1話)

今年もどうぞよろしくね! 佐々木美香

…と。

佐々木、かぁ。とうとう出戻ってきちゃったな。

美香はあまり長くなかった結婚生活を振り返った。

やはり、好きでもない人と結婚したのが間違いだった。

20代のうちにウエディングドレスを着たいだとか、
経済的に恵まれていれば愛情なんて後から着いて来るはずとか、
打算ばかりで結婚したバチが当ったのだと思う。

暮らし慣れたこの部屋で、書き終えた年賀状を眺めながら、
また佐々木に戻ったことを、友人達にどう話そうかと迷っていた。

指の上でボールペンを回しながら、ぼんやりと考えごとをしているうちに、
それがクセだった“あのひと”のことを思い出した。

何度も書いた“あのひと”宛ての年賀状は、
結局一度も投函されないまま、今も押入れの奥にしまわれている。

急に取り出してみたくなって、押入れの扉に手をかけた。

使っていない鞄や、扇風機や、捨てられない人形たちを押しのけて、
その奥で埃をかぶっている四角いクッキーの缶を取り出した。

蓋を開けると、「あのひと」の香りが漂ってくる気がした。

そう、ずっと片想いをしていた、そして、今でもまだ想い続けているあのひと。

大学卒業の翌年に出しそびれて、それから、とうとう一度も出すことができなかった年賀状の束。

一番上の一枚を取り上げると、そこには可愛らしいうさぎのイラストが描かれていた。

もう干支がひとまわりしちゃったのねとため息をついて、
別の人と結婚までしながら、こんなにも長い片想いを引きずっていたことにあらためて気付いた。

「美香、…美香!」

階下から、母が大きな声で呼んでいる。

私は、うさぎの葉書一枚だけを手に持ったまま、缶や人形を慌てて押入れに突っ込んだ。

「美香!ちょっと買い物頼まれてちょうだい」

出戻り娘は、母の使いっぱしりになることで、また実家で食べさせてもらう後ろめたさを振り払っていた。

「はーい!」

ひつじの葉書をテーブルに置き、ダウンジャケットを羽織って下に下りた。

美枝は美香のことが心配だった。

どんなに平気を装っていたって、2年足らずで解消した結婚生活の痛手は大きかったに違いない。

いくら聞いても離婚の理由をはっきりと言わなかったことも気になっていた。

こんなことはしたくないが、美香の部屋を少し探って、
少しでも娘の気持ちを知ることができれば…、
そんなふうに思うのだった。

二階に上がった美枝は、机の上に散乱した葉書を見て驚いた。

美香は年賀状を書いていたようだ。

相変わらず片付けが下手な娘に、離婚の理由の一端を知ったような気もした。

葉書はみな書き上がっているようだから、せめてひとまとめにしておいてやろうと、かき集めて重ねた。

そういえば、さっき美香に渡した買い物メモに、書き忘れたものがあった。

どうせならば美香を追いかけて、ついでにこの葉書もポストに入れてきてあげよう。

のんびりとした娘のことだから、放っておいたらこのまま何日も先まで投函せずにいるかもしれない。

美枝は重ねた葉書をエプロンのポケットに入れ、階段を下りた。

表に出て少し走ったところで、先を歩く美香の姿が見えた。

「美香!美香ー!」

振り返って戻ってきた美香に追加の買い物を伝え、
ついでに年賀状を出しておくことを告げると、角を曲がってポストに向った。

「ただいま」

二つになった買い物袋をキッチンにどさっと置いて、一息つく。

母が煎れてくれた紅茶で体が暖まると、置きっぱなしにしてきた葉書のことを思い出し、
あわてて二階に上がった。

な…無い!

友人達に書き終えた葉書と一緒に、12年前のうさぎの葉書も、テーブルの上から消えていた。

おかあさん……

泣き出したい気分になった。

けれど、母に理由を話すわけにはいかないから、怒ることも、泣くこともできない。

12年もの間ここにあった年賀状が、ほんの数十分前に母の手で投函されてしまった。

来年の元日、あの人は、あの年賀状を受け取ってしまうのだろうか?

値上がりした葉書代の、不足分請求と一緒に……

想像するだけで恥ずかしくて、このまま溶けて無くなってしまいたくなった。

『タイムマシン第2話』に続く

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