「余命は3か月です」

近頃の医者は癌であることを隠さない。
そう聞いていたが、本当だった。

目の前が真っ暗になった。

すでに手の施しようもない末期だというのだ。

「癌センターに入@して、最新の治療を受ければ、余命は、6か月まで伸ばせます」
などということも、しれっとした顔で言う。

もっとも、医者からしてみれば、それは日常茶飯事で、自分が死ぬわけでもないのだから、仕方のないことなのか……。

だが、俺にはまだ育ててやらなくてはいけない子供がいる。
癌センターのベッドの上でのんびり死ぬのを待つわけにはいかない。

余命3か月という宣告を自分ひとりで背負う覚悟をして、
この事務的な医者に家族には絶対に言わないよう口止めをした。

不思議なことに、体はそれほど辛くもない。

末期の癌は痛いと聞いた事があるが、まだそこまではいっていないのだろう。

俺は、3か月後に未亡人になる妻と、まだ小さい子供のために、少しでも多く金を残してやりたかった。

俺がいなくなった後、妻や子供を一番助けてくれるのは、やはり、金だと思ったからだ。

俺はそれまでごく普通のセールスマンで、営業成績は中の上といったところだったが、これでは、金など残してやれない。

翌日から全てをやり直すつもりで、仕事のやり方を徹底的に見直し、人一倍働いて、半月でトップセールスへと踊り出た。

社で過去最高という歩合給を手にし、少しほっとした晩のこと。

ベッドでまどろんでいると、枕元に死神が現れた。

うそだろう?まだ半月しか経っていない!

焦る俺に死神が慇懃な声で言った。

「旦那さま、お迎えに参りました」

「何言ってるんだ!まだ早すぎるだろう?」

抵抗する俺に、死神は、
「後がつかえているので少し早目にと思いましたが、もし、御嫌でしたら今日のところは一旦引き下がります。そのかわり……」

死神が消えた後、俺はしばらく放心状態だった。

死神は、一旦消える代わりにと、金を持っていったのだ。

残していかなくてはいけない家族のために、半月必死で働いて、ようやく手にした金だったというのに……。

俺は落胆しがた、いつまでもそうしている時間はない。

翌日からは、それまでにもまして働いた。

しかし、歩合給がいくら良いからといっても、その額は知れている。

俺は株と為替を勉強し、手堅いところから投資を始めた。

死期が迫った人間の集中力には、すごいものがあるのだろう。

デイトレードを繰り返すうち、金は見る見るうちに増えていった。

まるで、余命と反比例するように。

ところが、余命が2か月を切ったある晩、また、死神が現れた。

半月前と同様に、消えることと引き換えに金を持っていった。

俺はくやし涙を流したが、泣いていても仕方がない。

翌日から、またよく働き、ますます学び、今度は不動産投資に手をつけた。

これが面白いほど当たり、俺が死んだ後も金の心配はいらなくなったと安心した晩、三度あの死神が……。

「いいかげんにしてくれ!!」
俺は叫んだ。

もう時間は殆ど残されていない。

ここでまた金をごっそり持っていかれたら、俺が死んだ後の家族はいったいどうなってしまうんだ?

すると、死神は、媚を売る営業マンのような声でこういった。

「そこで、旦那さまにご相談があるのですが……」

あれから50年。

俺はまだ生きている。

しかも、俺は今や世界に名だたる一流企業のオーナーであり、神様とさえ言われる投資家である。

あの時小さかった子供は立派に成人し、自分の事業を営んでいる。

妻は年齢を重ねても美しいままで、俺の良きパートナーとしていつもそばにいてくれる。

ただ……

俺は、未だに、「自分の金」を持つことができない。

なぜならば、どんなに稼いでも、定期的にあいつが取りにやってきて、ごっそり持っていくからだ。

どうやら、あいつは、俺の命を持っていくよりも、定期的に金を持っていく方を選んだらしい。

だから、俺は今も、自分のものには決してならない金のために働いている。

だが、案外幸せを感じているのは、なぜだろう?


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。