「また彼の夢をみたの」
「それって、遠恋してるあの彼氏のこと?」
「そう」
「結子がちっとも会いに行ってあげないから、寂しくなって出てきたんじゃない?」
「出てきたって……」
「ほら、万葉集にもあったでしょう。大伴家持だっけ?
昼も夜もこんなに想っている僕があなたの夢に現れませんでしたか?って感じの歌 」
確かに、もう1ヶ月以上、彼とはまともに会っていない。
彼の会社まで行って、残業している彼を遠くから見てそのまま帰ってきたことはあったけれど。
疲れた顔をして、忙しそうに仕事をしている彼に声をかけることができなかった。
「忙しそうだから、なんて言ってたら、彼氏、結子のこと忘れて他の子と付き合っちゃうかもよ?」
里奈が悪戯っぽく言う。
「でも……」
もしかしたら、その方が彼にとって良いのかもしれない。
傍にいることができない彼女では、彼の支えになってあげられないから。
私には、「会いに行け」なんていう里奈も、実は、ご主人と別れている。
ようやく授かった赤ちゃんを事故で亡くした後のことだ。
自分が傍にいると、ご主人がいつまでも事故を忘れないからと。
しんみりした気分になっていたところへさとみがやってきて、元気な声で言った。
「今夜、カレの街で花火大会があるから行ってくるわ!」
「いってらっしゃい、楽しんできて」
里奈とさとみを見送った後、2人で顔を見合わせた。
「さとみは遠恋でもちっとも気にしていないみたいね」
「彼が浮気しないようにできるだけ会いに行くんだとか、
そのうち連れてきちゃおうかなだとか言ってたわ」
迷いの無いさとみが羨ましい。
けれど私は、さとみのように振る舞うことはできない。
莉奈だってそうだったから、ご主人と別れたのだろう。
万葉集には、「月が変わっても来ないあなたを夢に見るほど恋しく思っています」
という坂上郎女の歌もある。
こんなに彼の夢を見るのは、私の方が彼を想っているからだ。
やっぱり、彼には幸せになってほしい。今は会えなくても我慢しよう。
夢の中では何度だって会えるのだから。