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ショートストーリー, 未来は……

武夫は焦っていた。
転職第1日目だというのに、事故渋滞に巻き込まれ、就業時間に遅れそうなのだ。

安泰だと思っていた会社が潰れ、不安を抱えて過ごした半年間。

ようやく再就職が決まって、妻の笑顔に見送られながら意気揚々と出かけて来たというのに……

「くそっ」

動かない車にイライラしながら、会社に連絡を入れようとダッシュボードの携帯に手を伸ばした時、
カップホルダーに飴玉の入ったガラス瓶があるのに気づいた。

飴でも舐めて落ち着いてからにするか。

武夫は瓶に手を伸ばし、中でキラキラと光っているガラス玉のような飴を取り出そうとした。

ソーダ味だろうか?美しく透き通った飴玉はこれまでに見たことが無いものである。

武夫は瓶の注意書きを読んでみた。

【この飴は一粒が一時間です。一人一粒しか食べられません。】

一粒が一時間?

おかしなことが書いてあるなあと思いながらも、
妻がおもしろ半分にどこかで買ってきたのだろうと考え、飴を一つ口に入れた。

甘くほんのりとすっぱい味が口いっぱいに広がると同時に、
なんとも爽やかな香りが漂ってきて、さっきまでのイライラはあっという間にどこかに吹き飛んだ。

焦ったところでどうしようもないじゃないか。
会社には正直に事情を説明して遅刻することを謝ればいい。

スッキリとした気分で携帯を手に取った武夫は、
その液晶画面に表示されている時刻を見て驚いた。

まだ就業時刻に十分間に合う時間である。

咄嗟に確認した腕時計の針も、携帯と同じ時刻を指している。

117で確かめても、武夫の時計に狂いはなかった。

そうこうしているうちに事故車両を通過して、車はまた快適に走りだした。

キツネにつままれた気分で会社に到着し、部屋のドアを開けて挨拶をすると、
新聞を広げていた部長が武夫に笑顔を向けた。

「おはよう、山田君!初日からやる気十分だね。
まだ就業時刻までにはずいぶんあるから一緒にコーヒーでも飲まんかね?」

「はい、いただきます」

武夫は清々しい気分で返事をしながら、
帰ったらあの飴の瓶を妻にも見せてやろうと考えていた。

けれど、飴の瓶はもう武夫の車から消えていた。

――――とある部屋の中――――

「ご決断を!」

彼は、国の未来を左右する重大な判断に迫られていた。

長い間守られてきた、平和的な決まりごとを破るような決定についての判断である。

「さあ、ご決断を!」

国民、というよりは現政府にとっての利益と、力ある国のトップを喜ばせるために、
とうとう、彼は決断をした。

もちろん、喜んでのことではない。
彼なりに悩み苦しんでの決断だった。

これで良いのだ。
自分自身にそういい聞かせても、いやな汗が額を湿らせていた。

彼の決断を聞いて、側近達が慌しく部屋を出て行った後、
彼は大きな溜め息をついた。

ふと、先ほどまで側近達が着いていたテーブルを見ると、
そこに小さな瓶が置いてあるのに気づいた。

中にはキラキラと光る透明の飴玉のようなものが入っている。

甘い飴でも舐めればこの疲労感も癒されるだろうか?

彼は立ち上がって瓶のあるテーブルに向かった。

瓶を手に取り、注意書きを見るとおかしなことが書いてある。

まったく、今の世の中はおかしなことばかりだ。

彼は半ば投げやりな気分で、苦笑しながら瓶の蓋を開け、
中のひとつを口に放り込んだ。

すると……

ショートストーリー, ベリーショートストーリー

俺は大学を出るとすぐに、希望する仕事につき、
瞬く間に業績を上げて、同期の中で一番早く昇進した。

仕事は俺の生き甲斐で、休日を待ちわびる奴らの気が知れなかった。

休日なんて、全て無くなってもいいと思ったし、
大型連休などと言って何日も遊んでいる奴らを見ると、
そういう奴らが日本を駄目にしているのだと、本気で考えた。

だから、休日が楽しみだったことなど未だかつて無い。

しかし、今年ばかりは、ちょっと事情が違った。

もうすぐやってくる休日を、どきどきしながら待ちわびている。

俺の机のカレンダーに目を留めた同期入社の部下が、驚いたような顔で言った。

「へえ、高橋さんでも休みを気にすることがあるんですねぇ」

カレンダーには、びっしり書き込まれた仕事の予定に混じって、
赤ペンで「GW」の文字が書いてあった。

俺は体が熱くなるのを感じながらも表情を変えずに言った。

「ああ、たまにはゆっくりするのもいいかと思ってな。」

これは、嘘だ。

本当は、「GW」と書いた日は、忙しい一日になるに違いない。

なぜなら、俺が書いた「GW」は、ゴールデンウイークの略ではなく、
後藤若子のイニシアルだから。

仕事一筋だった俺が、3か月前に出会って、急速に親しくなり、
次に会う予定の日には、ダイヤの指輪を渡すつもりの女性だ。

実は、連休後に選考が始まる、北京支社長に選ばれるためには、
「妻帯者」であることが条件になっている。

支社長の座につくのは、俺だ。

なんとしてもGWにうんと言わせて、支社長になってやる。

ブログ

4月末の同窓会をゴールに、3月からスタートしたかんたんレコーディングダイエット。

めんどうなことは苦手な私が使っているのは、このアプリ。

水以外に口に入れたものを全て撮影し、体重を記録すると自動的にグラフにしてくれるというシンプルで使い勝手の良いアプリです。

約2か月が過ぎて、同窓会を2日後に控えた現時点での状況をご報告します。

まずは、体重グラフをご覧ください。

ダイエット体重増減グラフ

グラフは、太い線と線の間が1kgです。

夜と朝の体重差が大きいのは、夜測っているのが入浴後で、髪が濡れているからかもしれません。

2か月の間に3度ほど、グーンと体重が増えているのは、
どれも、夕食が遅めで多めに食べてしまった日です。

中でも直近でバーンと増えているのは、ママ友との女子会で、
スペイン料理にシャンパンとワインを飲み、店を変えて甘い甘いデザートまで食べた夜。

前日最も減っていた体重が、一気に1.5kg増え、1か月前の水準に戻っただけでなく、
翌朝は、前夜よりさらに増えていて驚きました。

逆に比較的大きく減っているのは、夕食を早めに終えて、スポーツジムに行った夜。

ランニングマシンを30分+筋トレ15分だとか、水泳500メートルといった、
普段から運動をしている人からすれば、ウォーミングアップ程度の運動です。

それでも体重に目に見えた変化が出るのですから、私って普段どれだけ運動不足なの?と愕然としました。

体って本当に正直ですね。^^;

約2か月のダイエットの結果は、最も重かった時と最も軽くなった時の差がちょうど3kg。

調子よく減り始めた2週間前には、この調子でいけば-4Kgくらいいくかも?
なんて皮算用をしていたのですが、そこからなかなか減らなくなり、
当初の目標3~5kg減を達成したとは言い難い結果になってしまいました。

それでも、厳しい食事制限をしたわけでもなく、
ハードな運動をしたわけでもなく、おやつもそれほど我慢しないで、
毎食スマホで撮影し、夕食の時間を少し早くして、朝晩体重を図っただけで、
これだけ減ったのだと考えると、それほど悪い結果でもありません。

実際、見た目はいくらか締まったようで、昨日、ダイエットをスタートして初めて、「少し痩せた?」と聞かれました。

パンパンだったジーンズも、少しだけゆるくなりました。^^

満足とは言い難い結果だったものの、我慢しすぎなくていいダイエットなので、このままもう少し続けて、夏には、必ず、-5kgを達成したいと思っています。

そうそう、すっきり痩せて参加したかった同窓会には、
黒に縦ストライプの入った少し張りのある生地のソフトコンシャスなワンピースに、黒いカーディガンを羽織って出かけようと思っています。

それが、目の錯覚を利用して、2~3kg分はごまかせる魔法のコーディネートだから。

これで、当初の目標、-5kg達成です♪(笑)

Happyの予感, ショートストーリー

日差しがジリジリと照りつける7月の午後、人生を変える出来事が起きた。

昨夜からずっと、哲学のレポートと格闘していた私は、
最後の1行を書き終えると、冷蔵庫に直行して、
とっておきのハーゲンダッツアイスクリームを取り出した。

期間限定フレーバーの白桃ラズベリー味だ。

レポートが完成したら、食べようと決めていたのだ。

蓋を開けると、ラズベリー色の曲線が美しい濃厚なミルク色のアイスクリームが冷気を放つ。

スプーンを手にして、さあ!と構えたその瞬間、玄関のチャイムが鳴った。

こんなタイミングで訪ねてくるなんてどこのバカよ?

少し苛立ちながらインターホンに出ると、相手はアパートの大家さん。

すぐに済むだろうとスプーンを置いて、玄関のドアを開けたが、
大家さんの話は想定外に長かった。

部屋に戻ってカップの中の、ピンクの液体を見た時の気持ちを、ちょっと想像してみてほしい。

ひとり暮らしの学生にとって、1コ248円のアイスクリームはものすごく贅沢な食べ物なのに……。

大きなため息が思わず口から洩れたとき、
体が宙に浮くような感覚がして、一瞬周りが真っ白になった。

ガクンと落ちるような衝撃とともに周りの景色が戻ってくると、
私はレポートの最後の一行を、書き終えるところだった。

え??まさか?!

冷蔵庫を開けて確かめると、ハーゲンダッツアイスクリームは、
まだちゃんとそこにあった。

その後いろいろ実験して、ある大きさ以上のため息が、
時間を巻き戻す引き金だと分かった。

今ではもう、いつでも自由に時間を巻き戻すことができる。
とはいっても、戻せる時間は15分程度だが。

それでもこの能力のおかげで、ちょっとした失敗はすべてなかったことにできた。

失敗してもなかったことにできると思うと、
それまではできなかった大胆な行動が取れるようになる。

大講義室で手をあげて、気難しい教授に質問したり、
ハイブランドの路面店で、高額な服を試着したり、
片思いしていた先輩に、思い切って告白したり……。

嫌な顔をされたり笑われたりしたら、すぐに時間を戻せばいい。

そんな安心感に背中を押されて、いくつもの事柄にトライしたが、
意外にもその多くは、思った以上にうまくいった。

時々は失敗して、嫌な顔をされたり笑われたりすることもあったけれど、
「もう一度やりなおせばいい」と思えば、何ということもなかった。

そして、これまでの自分は、小さな失敗を必要以上に恐れていたことに気がついた。

最初のうちこそ、失敗する度に、時を戻していたけれど、
そのうちいちいち時を戻すのが面倒になってきた。

だって、考えてみれば、殆どの事柄は、わざわざ時を戻さなくても、
やり直すことができるから。

陽射しもすっかり和らいで、涼しい風が吹き始めた9月の午後、
あの日から彼氏になった先輩が、いつものように部屋に来た。

「はい、お土産」と言って彼が差しだしたコンビニの袋には、
大好きなハーゲンダッツアイスクリームが2つ入っている。

そのひとつを手にとって、目を見張っている私に、彼が自慢げに言った。

「それ、どこの店でも品切れだった、期間限定のフレーバー、
白桃ラズベリーだよ 」

ああ、私を変えた今年の夏は、この白桃ラズベリーから始まったのだ!

感慨深い気持ちで蓋を開けたその瞬間、玄関のチャイムが鳴った。

こんなタイミングで訪ねてくるなんてどこの……

苦笑しながら出たインターフォンからは、何と、母の声がした。

「お母さんよ、連絡してないけど来ちゃったわ、
あんた、夏休みにも帰って来ないんだもの、心配になっちゃって……
ちゃんとご飯食べてるの?」

誰?と目で訊ねる彼に、実家の母が来たことを伝えると、
彼は慌てて居住まいを正した。

とりあえずドアを開けて、玄関で母を足止めして彼のことを説明した。

なんとか説明を終えて、母を部屋に通すと、
正座をして待っていた彼が、礼儀正しく挨拶してくれた。

母の目がパッと輝くのを見て、一安心したそのとき、
テーブルの白桃ラズベリーが、ピンクの液体になっているのが見えた。

けれど、もう、ため息で時間を戻したりはしない。

彼と母は、何だか楽しそうに話しているし、
白桃ラズベリーはもう食べられなくても、
次に出る美味しいフレーバーを食べることはできるのだから。

ショートストーリー, 世にも奇妙な物語

「逢瀬が浜……ねぇ」

さびれた海水浴場を見回しながら、美也子がからかうような口調でつぶやいた。

「写真ではもっと立派な浜辺に見えたんだよ。
それに、ここにはロマンチックな言い伝えがあるって聞いて、きっと美也子が喜ぶと思って……」

翔太は明るい声を出そうとしたが、最後まで続かずに尻すぼみになって下を向いた。

海の水は綺麗だったが、ここは恋人を連れてくるにはあまりにも田舎臭い浜辺だった。

浜にいるのは、畑仕事の帰りにふらっと立ち寄ったような麦藁帽子のおじいさんと、
犬を連れた太ったおばさん、それからヒョロリとしたオヤジの横で豪快にビールを飲み干す大柄の女性、
あとは子供を連れた家族連れが数組だけ。

鮮やかなオレンジ色のビキニに透ける素材のキャミソールドレスを着た美也子は、あまりにも場違いだった。

ツンと上を向いた形の良いバストの下でまだ焼けてない腕を組んで辺りを見回し、
これからどうしたものかと考えるような顔をしている。

「でも、さ、せっかくここまで来たんだし、少し泳ごうよ」と言いながら
翔太は手早くパラソルを準備した。

そうだ、喉乾いたろう?僕、そこの売店で何か冷たいものでも買ってくるよ!」

そして、バツの悪い空気をなんとかしようと、浜にただ一軒だけ立つプレハブの売店に向かった。

売店の中は思ったよりもずっと小奇麗にしてあって、
この浜にはちょっと似つかわしくないくらいきれいな顔をした男が店番をしていた。

「ええっと、コーラを2本ください」

そう注文した僕の顔をちらりと見た男は、
「はいよ!」と気持ちの良い返事をして、よく冷えた瓶を2本差し出した。

支払いを済ませて美也子の所に戻ろうとした時、
店の入り口にある小さなカゴの中で何かがキラリと光るのに気づいた。

立ち止まって中身を確かめようとした翔太に、男が、
「おにいさん、それは逢瀬が浜でしか買えない特別な指輪だよ」と声をかけてきた。

翔太が立ち止まって貝殻モチーフの細い指輪を手とると、
男が指輪の言い伝えを話し始めた。

この浜の先にある町には、かつて全寮制の女子学校があって、
その学校の生徒たちは男女交際を厳しく禁止されていた。

昔はまだ海水浴場になっていなかったこの浜辺は、
そんな女子学生が男の子とこっそりデートする絶好の場所だったので、
この浜はいつしか逢瀬が浜と呼ばれるようになった。

ある女子学生が隣町の男子学生と恋に落ち、慣例通り、ここでデートを重
ねたが、男子学生の就職が決まって離れ離れになることになった。

男子学生は最後のデートで女子学生との再会を誓い、
約束のしるしにと、貝殻で作った指輪をプレゼントした。

翌年の夏の約束の日、女子学生はずっと逢瀬が浜で彼を待ち続けたが、
彼はとうとう現れなかった。

実は、車でこの浜へ向かう途中、強いカーブでハンドルを切り損ね、
崖から海に落ちていた。

夕方が近づいて潮が満ち、何も知らずに待ち続ける女子学生のすぐ足元まで波が打ち寄せた。
彼女が立ち上がって浜を去ろうとしたその時、波がキラリと光るものを運んできたことに気づいた。

それは、去年、彼が貝で作ってくれのとそっくり同じデザインの、金色に光る指輪だった。

「海に落ちた男の人はどうなったの?」という声に振り返ると、
遅いのを心配してやってきた美也子がすぐ後ろにいた。

「さあ……。でも、この指輪が恋人達のお守りになることだけは間違いありませんよ」

白い歯を見せた男を、小屋の奥から誰かが呼んだ。
近づいてきた声の主は、大きなおなかを抱えた美しい女性だった。

「いらっしゃいませ」

にっこりと微笑んだ女性の指には貝の形をした金色の指輪が光っていた。

翔太は慌てて財布を取り出すと、「これください」と言って手に持っていた指輪を差し出した。

翔太を見上げる美也子の指にそれをつけると、肩をぎゅっと引き寄せて、
冷えたコーラを飲みながらパラソルに向かって歩きだした。

二人の後姿を見送った店内で、男は妻の肩に優しく手を回した。

見詰め合って微笑みを交わした後、二人はすっと消えて行った。

ありがとう, ショートストーリー

「たった1つの決断が人生を変える」
というのは自己啓発書でよく見かける文句の1つだ。

だが、私の人生は正に、あの時の思い切った決断で変わった。

あれは14年前の夏の終わりのこと、
残業帰りに立ち寄った飲み屋街の路地裏で初老の占い師に会った。

その辺りで飲むことは少なくなかったが、
占い師を見かけたのは初めてだった。

看板も電灯もなく、「占い」と書いた机を前に座っている老人を、
すぐ脇の街灯が照らし出していた。

その占い師の、見えないものを見ているような目が気になって、
思わず足を止めたのだ。

当時、年上の女性と付き合っていた私は、
3年目に入った関係をどうにかしなくてはいけないと考えていた。

彼女は、同級生だと言っても通用するほど若々しくて魅力的だったが、
年齢は10も上のバツイチで、小学生の娘までいた。

少し遊んだらすぐに別れるつもりで付き合い始めたというのに、
数か月もしないうちに別れることなど考えられなくなって、
気づけば2年が過ぎていた。

ある日、彼女や彼女の娘と一緒に食事をしていて、
本当に幸せだと感じている自分に愕然とした。

彼女が結婚を望んでいる様子は微塵もなかったし、
別れたいと言えば、微笑んですぐに受け入れてくれるに違いなかった。

だが俺は、まだ彼女と別れたくなかったし、
かと言って、結婚する勇気もなかった。

海外勤務の打診を受けたのは、そんな矢先のことだった。

上司は、しばらく日本には戻れないから、
付き合っている女性がいるなら、身を固めて連れて行ってはどうかと言った。

これを機に彼女ときっぱり別れるべきか?
それとも……

普段なら見向きもしないはずの占い師に
引き寄せられるように近づいて行って声をかけた。

「あの、ちょっとみてもらえますか?」

多くを語らない占い師に信頼感を持った私は、
彼女のことや自分のことを、堰を切ったように話した。

あれほどまでに素直な気持ちを他人に吐露したのは初めてだった。

穏やかな表情で話を聞き続けていた占い師が
ほんの一瞬顔色を曇らせたのは、
「やっぱり彼女とは別れるべきでしょうか?」と尋ねたときだった。

苦し気にさえ見えた占い師の表情に驚き、
「こんなに歳が離れていて子どもまでいる相手でも
結婚してうまくやっていけるでしょうか?」と尋ねると、
占い師の目元に笑みが戻った。

それから占い師は、穏やかな表情のままただじっと、私の話に耳を傾けた。

そして最後に、「私はどうしたらいいのでしょう?」と尋ねると、
落ち着いた声でただ一言、「思うままにしてよし」と言った。

それは、勇気を持った私の未来を肯定するような厳かな声だった。

彼女が実は英語もフランス語も堪能な才女だと知ったのは、
プロポーズして海外勤務への同行を求めた後だった。

2年も付き合っていても、まだ見せていない面を持っている彼女に驚き、
益々惹かれたことは言うまでもない。

今、こうして、重要な海外拠点の支社長を務めることができているのも、
妻の協力があったからだ。

人生を変えた決断を促したあの一言が、
今では私の座右の銘になっている。

「思うままにしてよし」

『座右の銘』は、『思うままにしてよし』のスピンオフ作品です。合わせてお読みいただくと、よりお楽しみいただけます。

ショートストーリー, 未来は……

「Googleアース」、その、地球規模の地図画像検索システムが
始めて発表されたとき、ネットユーザーは皆かなり驚いた。

だって、そうだろう?

小さなパソコンが一台あれば、世界中のどんな場所の画像も、
モニター上で瞬時に閲覧することができるだけでなく、
その画質は、地上を走っている車のナンバープレートまで
読み取れるほど上質だというのだから。

しかも、利用料はタダ。

多くのパソコンユーザーは、グーグルアースを絶賛した。

あれから17年。

まさか、こんなプログラムが開発されてしまうなんて……。

「Googleタイム」
クリックひとつで、利用した人間が時間軸を自在に移動できてしまうシステムだ。

「時間」について、あらゆる角度から研究を続けた人間は、
かつては後戻りすることも飛び越えることも不可能だと思われていた「時間」が、
実はあることを行うだけで、自由自在に操れることを知った。

そして、とうとう、クリックひとつで、時間軸を自在に移動できてしまうという
この「Googleタイム」が登場したのだ。

ところが、この「Googleタイム」には、大きな問題点があった。

それは、Googleタイムを利用中にパソコンを終了してしまうと、
Googleタイムで時間を移動していた人間は、元に戻ることができなくなるのだ。

この問題点の犠牲者となる人間は後を絶たなかった。

それでも「Googleタイム」は、そんな重大な問題点も気にならないほど楽しめるプログラムだったため、
利用者は増える一方だった。

もはや、誰もが、「人間はついに時間を操れるようになった」と感じていた。

しかし、実は、人間はやはり、歴史という大きな「時間」に操られていることに気付いている人もいた。

それは、「Googleタイム」で過去に時間移動したまま
未来に戻れなくなってしまった人たちだ。

彼らは、かつて自分がいた時代に戻ろうと、それぞれの時代で努力を続け、
それぞれの時代においては「画期的」と言われる何かを発明した。

例えば、「Googleアース」とか……。

ショートストーリー, 怖い話, 恋するキモチ

<逢いたいよ>

<逢いたいわ>

あれは3ヶ月前のこと。
会社で嫌なことがあって、誰かにちょっと聞いて欲しくて、
いたずら半分でアクセスしたサイトに啓二がいた。

二人が出会ったのは、インターネットのチャットルーム、
いわゆる「出会い系サイト」と呼ばれているところ。

私だって、啓二と出会うまではそんなところで本当の恋ができるなんて全く信じられなかった。

でも、今は違う。

出会いの場所が、たまたまあのサイトだったというだけで、
二人の間の真剣な気持ちは、他の場所で出会った恋人たちと何も変わらないと思っている。

ただひとつ、違っていることがあるとすれば、私たちは、唇ではなく指を使って会話をするということ。

北海道と山口という離れた距離も、私たちには関係がない。

指先が辿るキーボードの文字は、そのままモニターに映し出され、瞬時に彼の元に届く。
そして、彼からの熱いメッセージもまた、遠い距離を越えて私に届く。

<啓二が好きよ、思いっきり抱きつけたらいいのに>

<亮子をこの手に抱きしめて、そのまま時間を止めてしまいたいよ>

カチャカチャカチャ……

静まり返った真夜中の部屋に、キーを叩く音だけが響く。

<逢いたいよ、亮子>

<逢いたいわ、啓二>

<逢いたい、逢いたい、逢いたい、逢いたい……>

********

「啓二、やっと逢えたのね」

目を閉じたままの啓二に話しかける。

何か言いたげに開いた唇をキスで塞ぎ、啓二の頭を胸に抱きしめる。

*********

募る気持ちを抑えきれなくなった私は、クビを覚悟で長期休暇を取り、
啓二に逢いに行くことにした。

突然訪ねて驚かせるつもりだった。

啓二はどんなに喜んでくれるだろう?

ようやく探し当てた家の近くまで来ると、
その玄関から小さな子供の手を引いた女が出ていくのが見えた。

あれは誰?

女の出て行ったドアの前に立ち、チャイムを押すと、
想像していたよりも少しだけ痩せていた啓二がドアを開けた。

「啓二、よね? 私、亮子よ」

啓二は引きつったような顔をして予想外の言葉を放った。

「亮子…… いったい何しに来たんだ?」

驚いたことに、啓二の薬指には、細いリングがはめられている。

「さっき出て行った人、誰?」

「妻と娘…… とにかく、急に来られたりしたら困るんだ。
今日はひとまず帰ってくれよ、またこちらから連絡するから……」

「あんなに逢いたいって言ったじゃない!だから無理をして逢いに来たのよ」

「待ってくれよ、あれはあくまでもネットの中での会話だろう?
あんなの本気にされたって…… 妻がすぐ戻ってくるんだ。
亮子、とにかく今日は帰ってくれ」

指先が紡ぐ言葉はあんなにも優しかったのに、
薄い唇から吐き出される言葉は信じられないほど冷たい。

「いやあ!! そんなことを言うのは啓二じゃない!」

私は、持っていたお土産の袋を振り上げ、啓二の頭めがけて振り下ろした。

そこには、おばあちゃんの畑で取れた、大きなジャガイモが入っていた。

<北海道のジャガイモで作ったポテトサラダは美味しいだろうね>

<亮子の手料理、食べてみたいな>

啓二がそう言っていたから、ポテトサラダを作ってあげようと思っていた。

啓二はどさりと音をたてて、床に尻餅をついた格好のまま、壁と下駄箱に体重をあずけた。
半開きの口は、もう、何も言わなかった。

私は啓二の隣に座って、ずっと見たかったその顔をじっくりと見詰めた。
大きく見開いた目を指でそっと閉じ、口の端から出ているものを服の裾で優しくぬぐった。

「啓二、やっと逢えたのね」

何か言いたげに開いた唇をキスで塞ぎ、啓二の頭を胸に抱きしめる。

<このまま時間を止めてしまいたいよ>

亮子にはそんな啓二の声が聞こえたような気がした。

キーボードを叩くカチャカチャという音と一緒に……。

ショートストーリー, 恋するキモチ

※このショートストーリーは、単独でもお楽しみいただけますが、
先に『遠恋』から読まれると、よりお楽しみいただけます。

「また残業してるのか?」

部長の声にハッとして時計を見ると、10時を少し回っていた。

いつの間にこんな時間に……

「お前、最近少し痩せたんじゃないか?忙しいのはわかるけど、あんまり無理するなよ」

そう言って、コンビニのおにぎりを手渡された。

そういえば、今日は昼から何も食べてない。

部長が、「お先に」と片手を上げて出て行くと、オフィスにいるのは俺だけになった。

ここの所ずっと、こんなふうに残業をしている。

仕事に没頭でもしていた方が、気持ちが楽になるからだ。

それに、こうしてひとりきりになれば、結子が会いにきてくれるような気がする。

昨日もまた、結子の夢を見た。

夢の中の結子は、嬉しそうにも哀しそうにも見える表情で、
「忙しいのに来ちゃってごめんね」と言う。

抱きしめようと手を伸ばすけれど届かなくて、何度も大声で名前を呼ぶ。

結子!結子!結子!!

呼んでいるのに離れていくばかりで、どんなに走っても追いつけない。

途方に暮れた俺は声を限りに名前を叫び、自分の声で目が覚めた。

遠恋していた結子との結婚を決意したのは、昇進が決まった4月のことで、
7月の結子のバースデイにプロポーズするつもりだった。

少しでも良い指輪を買ってやりたくて、
毎週末会いに行っていたのを月に1度に減らして貯金した。

結子には仕事が忙しいせいだと伝えていたが、
6月最後の週末に届いた「どうしても会いたくて」という
LINEのメッセージには、最終便のチケットが写っていた。

まさか、その飛行機が……。

結子…… 結子に会いたいよ!

夢の中なんかじゃなくて、本物の結子に。

もう一度会って抱きしめられるのなら、幽霊だってかまわない。

ショートストーリー, 恋するキモチ

「また彼の夢をみたの」

「それって、遠恋してるあの彼氏のこと?」

「そう」

「結子がちっとも会いに行ってあげないから、寂しくなって出てきたんじゃない?」

「出てきたって……」

「ほら、万葉集にもあったでしょう。大伴家持だっけ?
昼も夜もこんなに想っている僕があなたの夢に現れませんでしたか?って感じの歌 」

確かに、もう1ヶ月以上、彼とはまともに会っていない。

彼の会社まで行って、残業している彼を遠くから見てそのまま帰ってきたことはあったけれど。

疲れた顔をして、忙しそうに仕事をしている彼に声をかけることができなかった。

「忙しそうだから、なんて言ってたら、彼氏、結子のこと忘れて他の子と付き合っちゃうかもよ?」

里奈が悪戯っぽく言う。

「でも……」

もしかしたら、その方が彼にとって良いのかもしれない。

傍にいることができない彼女では、彼の支えになってあげられないから。

私には、「会いに行け」なんていう里奈も、実は、ご主人と別れている。

ようやく授かった赤ちゃんを事故で亡くした後のことだ。

自分が傍にいると、ご主人がいつまでも事故を忘れないからと。

しんみりした気分になっていたところへさとみがやってきて、元気な声で言った。

「今夜、カレの街で花火大会があるから行ってくるわ!」

「いってらっしゃい、楽しんできて」

里奈とさとみを見送った後、2人で顔を見合わせた。

「さとみは遠恋でもちっとも気にしていないみたいね」

「彼が浮気しないようにできるだけ会いに行くんだとか、
そのうち連れてきちゃおうかなだとか言ってたわ」

迷いの無いさとみが羨ましい。

けれど私は、さとみのように振る舞うことはできない。

莉奈だってそうだったから、ご主人と別れたのだろう。

万葉集には、「月が変わっても来ないあなたを夢に見るほど恋しく思っています」
という坂上郎女の歌もある。

こんなに彼の夢を見るのは、私の方が彼を想っているからだ。

やっぱり、彼には幸せになってほしい。今は会えなくても我慢しよう。

夢の中では何度だって会えるのだから。

続編「会いたい」もぜひ合わせてお読みください。