「スズキさん、お疲れ様です!」

エレベーターに乗り合わせた後輩が、明るい声で挨拶をする。

「ああ、お疲れ様 」

「明日から連休ですね。スズキさんはどこかに行かれますか?」

何となくウキウキとした調子で後輩が尋ねる。

先月子供が生まれたばかりの彼は、連休が待ち遠しかったに違いない。

「実は……田舎で畑仕事をしようかと思ってるんだ」

「……い、田舎ですか!?」

後輩が驚いて次の言葉が出なくなっている間に、
エレベーターは、1階に到着してしまった。

**********

「……なんて言うのよ、困っちゃった!フフフ」

おしゃべり好きなママ友との電話に疲れてきて、
そろそろ切りたいなと思っていると、彼女がふいに話題を変えた。

「あ、そういえば、スズキさん、
明日からの連休、何かご予定はある?」

最近買った高価な絵を買ったらしい彼女は、
私を自宅に招いて見せたいのかもしれない。

「実はね……田舎で子供に川遊びをさせる予定なの」

「えっ!?……」

電話の向こうで息を飲む音が聞こえて、
しばらく沈黙したかと思うと、

「あ、えっと……夫が帰ってきたみたい。
それじゃ、またね」

そう言って、そそくさと電話を切ってしまった。

想像もできなかった答えに、話をどう続ければいいのか
わからなくなったのだろう。

彼女の反応も無理はない。

私たちだって、田舎に出かける幸運を未だに信じられないのだから。

地上の99%が中央制御された人工都市になっている今、
本物の土と川がある「田舎」は、わずかに残された地上の楽園だ。

田舎では、畑という土の中にある“野菜”を手で掘り出して食べたり、
透明な冷たい水が流れる“川”に入って遊んだりできるという。

まるで夢のような場所だ。

そして、そんな田舎で連休を過ごせるのは、
相当なお金持ちか、大成功した有名人か、
私たちのように、宝くじで入場券を手にした人だけなのだから。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。