※このストーリーは、『チョコレートケーキ』と合わせてお読みいただくとよりお楽しみいただけます。
8年前、3か月後に結婚式を控えた若い女性がマンションの部屋で絞殺された。
殺したのは、女性の婚約者と付き合っていた27歳の女だった。
女は殺した女性の耳を切り落とし、
それを入れたチョコレートケーキを焼いて、男に食べさせようとした。
男の通報で警官が駆け付けたとき、
女はケーキの刺さったフォークを持ってへらへらと笑い
部屋には溶けたチョコレートの甘い香りが漂っていた。
検察は女に懲役9年を求刑したが、
裁判では女が心神耗弱と判断されて5年の実刑判決が下りた。
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「ありがとうございました!」
バレンタインデーが近づくと、店は益々忙しくなる。
彼女は駅前のケーキ店で働いている。
特性チョコレートケーキが人気の店で、この時期は行列が絶えない。
彼女は1日の仕事を終えると、駅ビルで買い物をして、
急いで家に帰り夕食の支度をする。
「ただいま」
夕食が出来上がるのを見計らったように、玄関のドアが開いて声がした。
彼女が去年の秋から一緒に暮らしている慎一だ。
「いい匂いだね」
「今日は寒かったからシチューにしたわ」
彼が脱いだコートをハンガーにかけながら、
彼女は、幸せがこみ上げてくるのを感じていた。
シチューを美味しそうに食べる彼を見ていると、
辛かったことも苦しかったことも、全て忘れられる。
3年前、彼女は眠る時間を削ってなりふり構わず働いていた。
お金になる仕事なら、人には言えないようなことだってした。
貯まったお金で整形と豊胸の手術をして、ボイストレーニングを受け、
ウォーキングレッスンやマナー教室にも通った。
依頼してあった探偵から待ち焦がれていた報告が届いたのは、
ようやく準備が整った頃のこと。
そのあと駅前のケーキ店で働き始め、偶然を装って彼と出会った。
見た目から立ち居振る舞いまで、彼の好みは熟知していたから、
親密な関係になるまでに、たいして時間はかからなかった。
ずいぶん遠回りをしたけれど、これで良かったのだと思う。
彼と一緒に暮らせるのなら、昔の自分なんて捨ててしまって構わない。
けれど……
皮肉なことに、彼女は毎日チョコレートケーキを売っている。
あの女の耳を思い出さずにはいられない、
甘い香りのするチョコレートケーキを。