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ショートストーリー, 未来は……

「Googleアース」、その、地球規模の地図画像検索システムが
始めて発表されたとき、ネットユーザーは皆かなり驚いた。

だって、そうだろう?

小さなパソコンが一台あれば、世界中のどんな場所の画像も、
モニター上で瞬時に閲覧することができるだけでなく、
その画質は、地上を走っている車のナンバープレートまで
読み取れるほど上質だというのだから。

しかも、利用料はタダ。

多くのパソコンユーザーは、グーグルアースを絶賛した。

あれから17年。

まさか、こんなプログラムが開発されてしまうなんて……。

「Googleタイム」
クリックひとつで、利用した人間が時間軸を自在に移動できてしまうシステムだ。

「時間」について、あらゆる角度から研究を続けた人間は、
かつては後戻りすることも飛び越えることも不可能だと思われていた「時間」が、
実はあることを行うだけで、自由自在に操れることを知った。

そして、とうとう、クリックひとつで、時間軸を自在に移動できてしまうという
この「Googleタイム」が登場したのだ。

ところが、この「Googleタイム」には、大きな問題点があった。

それは、Googleタイムを利用中にパソコンを終了してしまうと、
Googleタイムで時間を移動していた人間は、元に戻ることができなくなるのだ。

この問題点の犠牲者となる人間は後を絶たなかった。

それでも「Googleタイム」は、そんな重大な問題点も気にならないほど楽しめるプログラムだったため、
利用者は増える一方だった。

もはや、誰もが、「人間はついに時間を操れるようになった」と感じていた。

しかし、実は、人間はやはり、歴史という大きな「時間」に操られていることに気付いている人もいた。

それは、「Googleタイム」で過去に時間移動したまま
未来に戻れなくなってしまった人たちだ。

彼らは、かつて自分がいた時代に戻ろうと、それぞれの時代で努力を続け、
それぞれの時代においては「画期的」と言われる何かを発明した。

例えば、「Googleアース」とか……。

ショートストーリー, 怖い話, 恋するキモチ

<逢いたいよ>

<逢いたいわ>

あれは3ヶ月前のこと。
会社で嫌なことがあって、誰かにちょっと聞いて欲しくて、
いたずら半分でアクセスしたサイトに啓二がいた。

二人が出会ったのは、インターネットのチャットルーム、
いわゆる「出会い系サイト」と呼ばれているところ。

私だって、啓二と出会うまではそんなところで本当の恋ができるなんて全く信じられなかった。

でも、今は違う。

出会いの場所が、たまたまあのサイトだったというだけで、
二人の間の真剣な気持ちは、他の場所で出会った恋人たちと何も変わらないと思っている。

ただひとつ、違っていることがあるとすれば、私たちは、唇ではなく指を使って会話をするということ。

北海道と山口という離れた距離も、私たちには関係がない。

指先が辿るキーボードの文字は、そのままモニターに映し出され、瞬時に彼の元に届く。
そして、彼からの熱いメッセージもまた、遠い距離を越えて私に届く。

<啓二が好きよ、思いっきり抱きつけたらいいのに>

<亮子をこの手に抱きしめて、そのまま時間を止めてしまいたいよ>

カチャカチャカチャ……

静まり返った真夜中の部屋に、キーを叩く音だけが響く。

<逢いたいよ、亮子>

<逢いたいわ、啓二>

<逢いたい、逢いたい、逢いたい、逢いたい……>

********

「啓二、やっと逢えたのね」

目を閉じたままの啓二に話しかける。

何か言いたげに開いた唇をキスで塞ぎ、啓二の頭を胸に抱きしめる。

*********

募る気持ちを抑えきれなくなった私は、クビを覚悟で長期休暇を取り、
啓二に逢いに行くことにした。

突然訪ねて驚かせるつもりだった。

啓二はどんなに喜んでくれるだろう?

ようやく探し当てた家の近くまで来ると、
その玄関から小さな子供の手を引いた女が出ていくのが見えた。

あれは誰?

女の出て行ったドアの前に立ち、チャイムを押すと、
想像していたよりも少しだけ痩せていた啓二がドアを開けた。

「啓二、よね? 私、亮子よ」

啓二は引きつったような顔をして予想外の言葉を放った。

「亮子…… いったい何しに来たんだ?」

驚いたことに、啓二の薬指には、細いリングがはめられている。

「さっき出て行った人、誰?」

「妻と娘…… とにかく、急に来られたりしたら困るんだ。
今日はひとまず帰ってくれよ、またこちらから連絡するから……」

「あんなに逢いたいって言ったじゃない!だから無理をして逢いに来たのよ」

「待ってくれよ、あれはあくまでもネットの中での会話だろう?
あんなの本気にされたって…… 妻がすぐ戻ってくるんだ。
亮子、とにかく今日は帰ってくれ」

指先が紡ぐ言葉はあんなにも優しかったのに、
薄い唇から吐き出される言葉は信じられないほど冷たい。

「いやあ!! そんなことを言うのは啓二じゃない!」

私は、持っていたお土産の袋を振り上げ、啓二の頭めがけて振り下ろした。

そこには、おばあちゃんの畑で取れた、大きなジャガイモが入っていた。

<北海道のジャガイモで作ったポテトサラダは美味しいだろうね>

<亮子の手料理、食べてみたいな>

啓二がそう言っていたから、ポテトサラダを作ってあげようと思っていた。

啓二はどさりと音をたてて、床に尻餅をついた格好のまま、壁と下駄箱に体重をあずけた。
半開きの口は、もう、何も言わなかった。

私は啓二の隣に座って、ずっと見たかったその顔をじっくりと見詰めた。
大きく見開いた目を指でそっと閉じ、口の端から出ているものを服の裾で優しくぬぐった。

「啓二、やっと逢えたのね」

何か言いたげに開いた唇をキスで塞ぎ、啓二の頭を胸に抱きしめる。

<このまま時間を止めてしまいたいよ>

亮子にはそんな啓二の声が聞こえたような気がした。

キーボードを叩くカチャカチャという音と一緒に……。

ショートストーリー, 恋するキモチ

※このショートストーリーは、単独でもお楽しみいただけますが、
先に『遠恋』から読まれると、よりお楽しみいただけます。

「また残業してるのか?」

部長の声にハッとして時計を見ると、10時を少し回っていた。

いつの間にこんな時間に……

「お前、最近少し痩せたんじゃないか?忙しいのはわかるけど、あんまり無理するなよ」

そう言って、コンビニのおにぎりを手渡された。

そういえば、今日は昼から何も食べてない。

部長が、「お先に」と片手を上げて出て行くと、オフィスにいるのは俺だけになった。

ここの所ずっと、こんなふうに残業をしている。

仕事に没頭でもしていた方が、気持ちが楽になるからだ。

それに、こうしてひとりきりになれば、結子が会いにきてくれるような気がする。

昨日もまた、結子の夢を見た。

夢の中の結子は、嬉しそうにも哀しそうにも見える表情で、
「忙しいのに来ちゃってごめんね」と言う。

抱きしめようと手を伸ばすけれど届かなくて、何度も大声で名前を呼ぶ。

結子!結子!結子!!

呼んでいるのに離れていくばかりで、どんなに走っても追いつけない。

途方に暮れた俺は声を限りに名前を叫び、自分の声で目が覚めた。

遠恋していた結子との結婚を決意したのは、昇進が決まった4月のことで、
7月の結子のバースデイにプロポーズするつもりだった。

少しでも良い指輪を買ってやりたくて、
毎週末会いに行っていたのを月に1度に減らして貯金した。

結子には仕事が忙しいせいだと伝えていたが、
6月最後の週末に届いた「どうしても会いたくて」という
LINEのメッセージには、最終便のチケットが写っていた。

まさか、その飛行機が……。

結子…… 結子に会いたいよ!

夢の中なんかじゃなくて、本物の結子に。

もう一度会って抱きしめられるのなら、幽霊だってかまわない。

ショートストーリー, 恋するキモチ

「また彼の夢をみたの」

「それって、遠恋してるあの彼氏のこと?」

「そう」

「結子がちっとも会いに行ってあげないから、寂しくなって出てきたんじゃない?」

「出てきたって……」

「ほら、万葉集にもあったでしょう。大伴家持だっけ?
昼も夜もこんなに想っている僕があなたの夢に現れませんでしたか?って感じの歌 」

確かに、もう1ヶ月以上、彼とはまともに会っていない。

彼の会社まで行って、残業している彼を遠くから見てそのまま帰ってきたことはあったけれど。

疲れた顔をして、忙しそうに仕事をしている彼に声をかけることができなかった。

「忙しそうだから、なんて言ってたら、彼氏、結子のこと忘れて他の子と付き合っちゃうかもよ?」

里奈が悪戯っぽく言う。

「でも……」

もしかしたら、その方が彼にとって良いのかもしれない。

傍にいることができない彼女では、彼の支えになってあげられないから。

私には、「会いに行け」なんていう里奈も、実は、ご主人と別れている。

ようやく授かった赤ちゃんを事故で亡くした後のことだ。

自分が傍にいると、ご主人がいつまでも事故を忘れないからと。

しんみりした気分になっていたところへさとみがやってきて、元気な声で言った。

「今夜、カレの街で花火大会があるから行ってくるわ!」

「いってらっしゃい、楽しんできて」

里奈とさとみを見送った後、2人で顔を見合わせた。

「さとみは遠恋でもちっとも気にしていないみたいね」

「彼が浮気しないようにできるだけ会いに行くんだとか、
そのうち連れてきちゃおうかなだとか言ってたわ」

迷いの無いさとみが羨ましい。

けれど私は、さとみのように振る舞うことはできない。

莉奈だってそうだったから、ご主人と別れたのだろう。

万葉集には、「月が変わっても来ないあなたを夢に見るほど恋しく思っています」
という坂上郎女の歌もある。

こんなに彼の夢を見るのは、私の方が彼を想っているからだ。

やっぱり、彼には幸せになってほしい。今は会えなくても我慢しよう。

夢の中では何度だって会えるのだから。

続編「会いたい」もぜひ合わせてお読みください。

Happyの予感, ショートストーリー

その日は毎年恒例の報告会で、全国各地区のリーダーが一堂に会した。

「えー、では、まず、昨年の報告からお願いします」

司会者が告げると、成績トップ地区のリーダーが立ち上がった。

「はい、私たちの昨年の達成率は75.2%で、一昨年に引き続き大変好調です」

トップ地区のリーダーは、誇らし気に好調な状況の詳細を話し、
今年は目標達成率を90%に引き上げると豪語して会場をざわつかせた。

次に報告した成績2番手のリーダーも、優秀地区常連の余裕を見せながら
昨年の反省と今年の目標を語った。

成績順に報告が進む中、肩身が狭そうにしていたのは、
最下位争いをしている地区のリーダー達だ。

最下位地区のリーダーは、トップ地区の半分にも満たない達成率を、
申し訳なさそうに報告した。

全ての報告が終了すると、お決まりの訓示があり、
「えいえいおーっ!」と全員で勝鬨の声を上げて、報告会は終了した。

ここからは皆が楽しみにしていた新年会だ。

日頃なかなか会えない仲間とも、この日ばかりは一緒に飲んで語り合える。

「目標達成って言ってもさ、なかなか厳しいんだよなぁ」

最下位争いをしていた地区のリーダーが日本酒をグイっと飲み干していった。

「そうそう、俺たちがいくら頑張ったところでどうにもならないことも多いしなぁ」

なんとか最下位を免れた地区のリーダーが、スルメを噛みながら言った。

「やあ!君たち飲んでるかい?」

すでに出来上がっている様子のトップ地区リーダーがやってきて、上機嫌な声で言った。

「君たちは、簡単な案件から処理しようとして、案件を選んでるんじゃないか?」

トップ地区のリーダーは機嫌の良い声のまま話を続けた。

「簡単な案件から手を付けた方が早く成果を出せると思っているかもしれないが、
実はそうじゃないんだよなぁ。
なぜだかわかるかい? 選ぶ時間がロスになるからだよ。
じゃあ、どうするのか? 内容なんて確かめないで、片っ端から対応していくのさ。
そりゃあ、中にはややこしい案件や、とんでもない案件もあるけれど、
それはそれで、成就させる手ごたえを楽しめばいい」

成績トップ地区のリーダーともなると、ややこしい案件でさえ楽しめるのかと
最下位争いリーダーたちは驚きながら話を聞いた。

しかし、トップ地区のリーダーの話にも一理あるかもしれないなぁ、
今年は彼を真似てみよう。

最下位地区のリーダーは素直にそう考えた。

彼らは皆、元来素直で、前向きな性質なのだ。

トップ地区のリーダーに、仕事のやり方をさらに詳しく聞いた最下位争いリーダーたちは、
地元に帰って部下たちに、去年とは違う指導をしようと考えていた。

リーダーたちの地元では、松の内の間に集まった
あふれんばかりの“願い事”が山積みになっていた。

もちろん、中にはややこしい願い事や、とんでもない願い事もたくさんある。

去年は避けていたそれらの願い事を叶える手助けも、今年は片っ端からやっていくことにした。

新年会から戻った神様のリーダーたちは、今、おおいにやる気になっている。

今年初詣に出かけた人間は、どんでもない願い事を叶えられるかもしれない。

ショートストーリー, 世にも奇妙な物語, 怖い話

ピンポーン、ピンポーン!

チャイムの音にドアを開けると、そこには響子が立っていた。
頬をわずかに染めながら、興奮気味の声で話し始める。

「祥子ちゃん、朝早くからごめんね、親友のあなたにには一番に知らせたくって……」

こうして響子が訪ねてくるのは、今日でもう5日目、
私は少し悲しくなりながら、5日前に響子のおばさんとした会話を思い出していた。

「祥子ちゃん、響子の様子がおかしいの……
昨日あんなことがあって、ショックだったのはよくわかるけれど、それにしても、普通じゃないの……
おばさん、もう、どうしていいかわらかなくって……。
祥子ちゃん、おばさんを助けて!」

おばさんは涙ぐみながら、響子の異変を訴えた。

本当ならば響子は今頃、新婚旅行でドイツの街にいるはずだった。

響子を幸せの絶頂から突き落とし、こんなふうにしてしまったのは、あの男だった。

青い空が眩しいその日は、響子が新しい門出を飾るのに絶好の美しい日曜日。
真っ白なドレスに身を包んだ響子は、その細い指に光るダイヤモンドリングと同じくらいに輝いていた。

けれど……
式の準備を整えた響子がいくら待っても、あの男はこなかったのだ。

式場側の判断で、招待客には上手く言い訳をして帰し、
それでも、響子はドレスを脱がずに、日が沈むまであの男を待っていた。

下唇をぐっとかみ締めて、ダイヤのリングを見詰めながら……。

響子がダイヤの指輪をそっとはずしたのは、黒い空に丸い月が昇った頃、
警察からあの男についての連絡が入ったあと。

あの男が、前科3犯の結婚詐欺師だったことがわかったから。

響子は、気丈にも、浮かんだ涙をぬぐい去って、ずっと付き添っていた私に言った。

「祥子ちゃん、ありがとう、いろいろと心配をかけてごめんね。
私は大丈夫だから」

大丈夫なはずなどない、とわかってはいたけれど、
それ以上どうすることもできないまま、私は自宅に戻ったのだった。

翌日、響子は朝早くから私の家にやってきて、
偽物だったダイヤのリングを見せながら、こう言ったのだ。

「祥子ちゃん、朝早くからごめんね。親友のあなたには、一番最初に知らせたくって……
昨日、彼からプロポーズされたの」

響子は本当に昨日プロポーズされたばかりのような様子で、私にその一部始終を話し、
話し終えると、軽やかな足取りで帰って行った。

動揺したおばさんがやってきたのは、それからしばらくしてから。

一睡もできないで泣いていたらしいおばさんと響子をともなって、
病院の門をくぐったのは翌日のこと。

診断は、強度のショックによる一過性の記憶喪失だったが、
彼女の精神状態は非常に不安定で、今後どんな症状が出てくるかわからないため、
あまり反論したりせず、穏やかに調子を合わせ、その様子を見守るようにとのことだった。

そして……
こうして響子が偽の婚約指輪を見せにきたのも、今日で5日目。

彼女の時間は、あの男がプロポーズした日の翌日のまま、
止まってしまっているようだった。

私は、涙ぐまないように注意しながら、響子の話に頷いていた。

そこへ、奥から母の呼ぶ声がした。

「祥子ちゃん、祥子ちゃん、大変よ!」

玄関まで私を呼びに来た母は、響子と話している私を見ると目を見開いて後ずさりした。

「祥子ちゃん、あなた、いったい誰と話しているの……? 」

その時、リビングのテレビからは、ニュースを読むアナウンサーの声が聞こえていた。

「今朝未明、東京都多摩川のマンション屋上から女性が身を投げ死亡しているのが発見されました。
女性は一週間前に結婚詐欺の被害に遭っており……」

ショートストーリー, 世にも奇妙な物語, 未来は……

このショートストーリーは、「博士の失敗」の続編です。
単独でもお楽しみいただけますが、合わせてお読みいただくとよりお楽しみいただけます。

他界した博士の研究室を片付けたのは、小さな遺品整理業者だった。

玲子は、その遺品整理業者でパートを始めたばかりの主婦だ。

遺品整理の仕事は決して楽ではないが、お給料は悪くなかった。

それに、玲子のような50代後半で何の特技も持たない主婦にとっては、
雇ってもらえるだけでありがたかった。

博士の研究室だったという現場での作業を終えて車に乗り込むと、
社長が缶に入ったキャンディを差し出した。

お礼を言って1つとり、口に入れると、さわやかな香りと甘酸っぱい味が口内に広がった。

「さっきの現場でいただいたんだ」と言いながら、社長も1つ取って口に含む。

すると……

社長の顔が一瞬にして老けたような気がして、玲子はとても驚いた。

慌てて鏡を覗き込むと、そこには10歳くらい若返って見える自分が映っていた。

いったいこれはどういうこと?!

息が止まるほど驚いた日から1年。

玲子はアンチエイジングサプリメントの販売で起業していた。

起業から3年後、何度か改良されたアンチエイジングサプリは、
誰もが毎日口にする常備薬になっていた。

それからさらに5年が過ぎて、
街では、かつての老人の姿をした人を、ほとんど見かけなくなった。

世の中は一旦何かのスイッチが入ると、加速度的に変化していく。

自分の研究成果が引き起こしたこの大変化を
博士は遠い空の上から、どんな気持ちで眺めているのだろう?

ショートストーリー, 世にも奇妙な物語

博士と助手は静かに喜びをかみしめていた。

人生をかけた研究が、今まさに実を結ぼうとしているのだ。

博士が手にしているのは、人を若返らせたり成長させたりできるキャンディだ。

幼い頃、漫画好きだった博士は、小さなキャンディを食べた少女が
大人になったり赤ん坊になったりする漫画を見て、
いつか自分もそんなキャンディを作りたいと考えたのだった。

努力をたくさん積み重ね、長い年月を費やして、
ようやく、このキャンディを完成させた。

博士は早速、自分たちで試してみようと、
食べると10歳若返るキャンディを、弟子に手渡し、
食べると10歳成長するキャンディを自分の口に放り込んだ。

キャンディはとても美味しくできており、2人はしばらく味わってから
ポリポリとかみ砕いて飲み込んだ。

すると……

弟子は、少し体が楽になったように感じたものの、
鏡を覗いて顔を見ても、大きな変化は見つけられなかった。

ところが、博士の方はというと、
うっと小さく呻いたきり、目を閉じて動かなくなってしまった。

「博士!博士!!」

弟子は、博士をゆすって泣きながら、2人の研究は失敗に終わったのだと考えた。

しかし、実際のところ研究は大成功で、
キャンディはちゃんと2人を若返らせたり成長させたりしていたのだ。

ただ、研究に没頭しすぎた2人の年齢は、すでに85歳と86歳だっため、
2人はその大成功に気づくことができなかった。

ショートストーリー, 可愛い彼女

「パンパカパーン!新しい一週間がはじまりまーす!」

「ねえ、あなた、起きて!爽やかな朝よ!」

窓を開けながら話しかける、君のよく通る声が響く。

日曜だというのに、いつもと変わらない時間に起きだした君は、
鼻歌交じりに朝食の支度にかかる。

「早く起きてねー!今週はスペシャルウイークよ!」

キッチンから大声で叫ぶ君の声は、底抜けに明るい。

……ったく、何が爽やかなもんか。
起き上がったとたんに汗が吹き出るのを感じるほど、蒸し暑い朝だというのに。

「おねぼうさん、やっと目が覚めた?」

食卓で新聞を広げる僕に、目玉焼きを持って来た君が話しかける。

「ね? スペシャルウイークの始まりよ!」

いたずらっぽい目で僕の顔を覗き込んで、君は「言葉」を待っている。

結婚した3年前、どうせ最初だけだろうとたかをくくって、面白半分でした約束。
年に2回のスペシャルウイーク。
この習慣を、君が死ぬまで続けるつもりだったことに気付いた時には、
もう、やめられなくなっていた。

「あ・な・た?」

いつのまにか牛乳やトースト、コーヒーサーバーまで運び終えた君が、
もう一度僕の目を覗き込んでいた。

僕は意を決して君の瞳をまっすぐに見詰め、あの言葉を口にした。

「ハッピーバースデイ、わかこ。いつも君を愛してるよ」

この少々気恥ずかしい言葉を口にするのは、年に2週間。
バースデイと結婚記念日のある週だ。

この習慣を、君は「スペシャルウイーク」と呼び、楽しげに友人達に話しながら、
僕はできるだけ人に知られないようにしながら、3年間守り続けてきた。

小さな顔の中で大きな場所をしめる、クリッとした目を輝かせて、
本当に嬉しそうに笑う君。

僕は、誰よりも素敵なこの笑顔が好きだ。

「ありがとう」と満足げに言った後、君は大きな口を開けてトーストにかじりつく。

こんな朝食は、今日から一週間続くことになる。
なんたって、今週は、「スペシャルウイーク」なんだから。

もしかしたら、このスペシャルウイークを本当に楽しみにしているのは、
僕の方なのかもしれない。

君が開けた窓からは、高原のそよ風のように涼しい風が吹き込んで……
なんていうわけはなく、どちらかというと、ドライヤーの温風に近い風が入り込む。

「ねえ、わかこ、そろそろクーラーいれないかい?」

額に汗を光らせながら、目玉焼きを頬張る君に、僕はさりげなく言ってみた。

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ショートストーリー, 未来は……

「こんな能力、役に立たないよ!」

子供の頃、何度、そう言って拗ねただろう。

僕は、地球を担当する神の家に生まれた末っ子。

兄たちは、空気と水と大地を司る能力や、生き物を生み出す能力を持っている。

兄たちの能力のおかげで、僕らが担当する“地球”には、海や山があって、
森が茂り、生き物が住んでいる。

最初は単純だった生き物もだんだん進化し、分化して、
今では僕たちにそっくりな姿をした、「人間」が暮らしている。

人間はどんどん賢くなって、そのうち海を埋め立てて山を削り、
森を切り開いて「都市」というものをつくるようになった。

地球のあちこちで発展した都市の中では、人間たちがせわしなく動き、
他の生き物を支配して君臨している。

ところが、人間は他の生き物の上に君臨するだけでは満足せず、
他の都市の人間も従えようとするものだから、
ひっきりなしに争いが起こり、それが繰り返されるようになった。

兄たちは争いをやめさせようと、新しい大陸を作ったり、
新しい生きものを誕生させたりしたけれど、
人間はそれを分け合うのではなく、取り合ってまた争った。

そして、ついに……

人間は、自分たちが築きあげてきた都市まで壊し始めた。

海と山と森を壊してまでつくった都市だというのに、
その都市の空と水に毒をばらまきはじめたのだ。

悪い病気が蔓延して、人間ではない生き物がたくさん死んだ。

兄たちは驚いたけれど、人間はまるで、自分たちには関係ないという様子で、
毒をばらまき続けている。

人間は、僕が思っていたよりずっと、愚かな生き物なのかもしれない。

兄たちは、もう、人間を助けるのはやめよう。
殺しあっていても、毒をまいていても、好きにさせておこう。
そう、話し合ったようだ。

このままいけば、あとほんの少しで、地球から人間はいなくなる。

そしたら、また、兄たちが協力し合って新しい地球を一からつくり直すことになるだろう。

でも、僕は、もう少しだけ、人間にチャンスをあげてもいいんじゃないかと考えた。
そして、思い出した。

僕が持っている、あの“能力”のことを。

僕が持っているのは、時間を少しだけ巻き戻す能力。

僕は今、どこまで時間を巻き戻すか決めるため、
人間はいつからこれほど愚かになってしまったのかを調べているのだが……

もしかしたら、兄たちの意見に賛成するべきかもしれない
と考え直しはじめている。