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ショートストーリー, 秘密

「週末までにあと2キロ落とすって言ったよね?」

亜矢の話を聞き終えるとボクは低い声で問いただした。

亜矢はうつむいたまま、聞こえないくらい小さな声で、
もごもごと言い訳をした。

「何?先輩の送別会?
へぇ、君は僕との約束よりしゃぶしゃぶ食べ放題を選んだんだね。
がっかりだよ」

亜矢は今にも泣きそうな顔をして、
来週まで待ってほしいと懇願した。

「わかったよ、じゃあ、もう1週間待ってあげるから
今度こそちゃんと僕の言うことを聞いて」

亜矢はパッと顔を輝かせて、「はい」と力強く返事をした。

「信じているよ、亜矢」

ボクは優しい声でそう言った。

亜矢はたぶん、来週も痩せはしないだろう。

でも、別にそれでかまわない。
だって亜矢は、静かな低い声で叱られるのが好きなのだから。

亜矢がモニターから消えると、今度は祐子がモニターに映った。

祐子は自分の画面に映っているガテン系イケメンに向かって
1週間の出来事を話している。

ダイエットとは全く関係ない話もずいぶん含まれているが、
女の子の話なんてそんなものだ。

一通り話し終えると、ボクは勢い良く言った。

「おお、よく頑張ったな!」

祐子が嬉しそうな顔をする。
以前よりも目が大きくなって可愛く見えるのは、
頬の肉が落ちたせいだろう。

「祐子は根性あるからな、
俺は最初から、祐子ならやれる!って信じてたぜ」

祐子は頬を赤らめた。

「だけどよぉ、なんつーか、あれだな、
祐子も約束通り痩せられたわけだし、俺とはもう……

ボクの言葉を遮るように、
祐子が「体重維持サポートコース」のボタンを押した。

「ありがとよ!痩せて可愛くなった祐子と
来週も話せると思うとたまんないぜ!」

ボクはそう言いながら、
維持サポートコースの料金はいくらだっけ?
と料金表を見た。

痩せたがっている女の子をイケメンが励ます
この会員制ダイエットサポートクラブは、
ネット回線を使ってリアルタイムの会話ができるのがウリだ。

女性側のモニターには、会員の好み通りに描かれた
アニメのイケメンキャラが映し出されている。

女の子と会話するだけで結構な報酬が貰えるこのアルバイトは、
声優の卵のボクにとって、ありがたい仕事だ。

ただ……

ボクが本当は女だって知ったら、みんながっかりするかもしれないな。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

ショートストーリー, 秘密

未来が分かるとか、未来が見える、というわけではないのだけれど、
私には、明日の自分に関するちょっとした予知能力がある。

始まりは幼稚園の頃のこと。

運動会の前の夜、ぐっすりと眠っているとどこからともなく声が聞こえた。

「転んでもすぐ起きて走れば一番になれる」

当日は、本当に、スタートしてすぐ転んでしまい、
泣き出しそうになったときにあの声を思い出した。

慌てて起きて走り出し、1人目を追い抜いたところで、
前を走る子の靴が脱げた。

それでも1番の子を抜くのは無理だと思ったら、
なんと、その子がゴール目前で転んだのだ。

結局、私は、夜中に聞いた声の通り、転んでも1番になった。

その後も、発表会の前の日だとか、友達とけんかしてしまった夜だとか、
明日のことを心配しながら眠りについた夜には必ず、
どこからともなく声が聞こえて、どうするべきかを示してくれた。

いつしか私は、その声の主は、「明日のわたし」だと信じるようになった。

あ、もうこんな時間……

明日は大事な初デートなのに、夜更かししてはお肌に悪い。

でも、何を着ていけばいいんだろう?
やっぱりスカートのがいいかな?
髪の毛はどうしよう?
先輩、お化粧する子はきらいかな?でも、リップくらいは……
うーん……どうしよう?

「先月買ったスカートがかわいいわよ、
明日は暑くなるから髪はポニーテールで、
あなたはかわいいんだから、お化粧なんていらないわ。
でも、ピンクのリップだけならいいかもしれない」

娘はときどきうなされながら、はっきりとした寝言を言う。

幼稚園の頃、一度寝言に答えてやったら、安心した顔で眠ったので、
それからもつい、答えてしまうようになった。

でも、娘ももう中学生だし、
そろそろ寝言に返事するのはやめないといけないかしら?


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

ショートストーリー, 未来は……

黙ったまま窓の外を見ていた彼が、
冷めたコーヒーを飲み干して、意を決したように口を開いた。

「ごめん、俺たちもう別れよう」

想像通りだ。

彼が親友の亜矢とこっそり会っていることは、
少し前から知っていた。

でも、彼に問いただす勇気はなかったし、
別れを覚悟する時間が欲しかったから、気づかないふりをしていた。

頭の中で何度も終わりの瞬間を想像して、
心を落ちつける練習をした。

「わかったわ。今までありがとう」

予定通りの台詞を言って、伝票を持って席を立った。

大丈夫、泣かないでいられる。

悪い未来を想像して、その時に備えるようになったのは
いつ頃からだったろう?

はじめての海外旅行では、天候不順で飛行機が飛ばないことや、
旅先での盗難や、パスポートの紛失を想像したし、
派遣会社で働き始めたときには、
上司に酷く叱られることや、契約打ち切りを想像した。

彼と付き合い始めると、デートの度にあらゆる失敗を想像し、
ケンカや浮気も想像して、万一の時に備えてきた。

旅行の日、飛行機は無事飛んだけれど、現地はずっと雨で、
派遣先の厳しい上司には、毎日のように叱られている。

そして今日は、彼に別れを告げられてしまった。

それでも前もって想像しておいたおかげで、
耐えることができたのだと思う。

これから起こりそうな悪いできごとも、前もって想像して
しっかり覚悟しておけば、なんとか乗り切れるはずだ。

失恋の後で起こりうる悪いことは……

早速想像しようとして、いつもと感じが違うことに気づいた。

悪いできごとが全く想像できないのだ。

いつもならばいくらでも湧いてくるはずの悪い想像が、
なぜだか1つも思い浮かばない。

目を閉じてもう一度考えてみたが、やっぱり1つも出てこない。

この先起こりうる悪いできごとは……

<そんな想像しなくていいよ>

突然そう声がした。

はっと辺りを見回したが、声の主らしい人はいない。

深呼吸で心を落ち着けて、再び悪い想像をしようとすると……

<だから、そんな想像しなくていいんだってば!>

さっきよりも大きな声がした。

<しばらくつまらない想像はできないようにしておいたから。
人生は何が起こるかわからないから楽しいんだよ。
そりゃ悪いことだって起こるけど、
良いことだってたくさん起こるってことを忘れないで!>

声はそれきり聞こえなくなったが、
悪いできごとはその後もなぜか全く想像できなかった。

3ヶ月後、彼と最後に会ったカフェに1人で行くと、
店員に携帯番号を渡されて告白された。

彼と一緒に通っていた私をずっと見ていてくれたらしい。

派遣契約の更新時期に、あの厳しい上司から、
正社員にならないかと打診された。

早くも彼と別れたという亜矢から、
ゆっくり話して謝りたいからと、温泉旅行に誘われた。

別れた彼よりずっとイケメンなカフェの彼と付き合いだし、
正社員として働きはじめ、
温泉旅行の出発日が近づいてきても、
もう、悪いできごとを想像することはない。

人生は何が起こるかわからないから面白いのだし、
悪いことが起こることもあるけれど、
良いことだってたくさん起こるとわかったから。

あの日の声の主はもしかしたら、
悪い想像ばかりする私の中に隠れていた
ポジティブなもう一人の私だったのかもしれない。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

ショートストーリー, 世にも奇妙な物語

作詞家は、頭を抱えて悩んでいた。

どうしても書けないのだ。
サビを盛り上げるフレーズが、最初のひと言さえ思い浮かばない。

これまでにだってスランプはあったが、
しばらくすれば抜けられて、
また元通り、頭の中に言葉があふれだした。

そんな言葉を繋ぎ合わせて、何百曲もの歌詞を書き続けてきたのだ。

ところが、今度は何かが違う。

かれこれもう半月だ。

こんなにも長い間、何一つ言葉が思い浮かばないなんて、
どう考えてもおかしい。

作詞家が頭を抱えていると、誰かがポンと肩を叩いた。

振り返ると、そこには、見知らぬ男が立っていた。
色の白いすらりとした男で、思わず見惚れるほど綺麗な顔をしている。

「誰?!」

綺麗な顔の男はその質問に答えず、逆に作詞家に質問した。

「詞が書けなくて困ってるんでしょ?」

「うるさいわね!少し迷っているだけよっ」

「隠さなくてもいいよ、僕はみんな分かってるんだから。
あなた、僕の顔がとても綺麗に見えるでしょ?
それはね、あなたの作詞の才能が優れているせいなんだ。
普通の人が僕を見たら、平凡な顔に見えるはずだよ」

「な、何をわけの分からないことを……」

作詞家はそう言いながら、まんざらでもなさそうだった。

「でもさ、もうそろそろ使い果たしかけて、
あんまり残ってないんだよね、あなたの、その才能。
ずいぶん急いで使ったよねぇ、もう少しゆっくり使えば良かったのに」

確かに作詞家は、短いスパンで次から次へとヒット曲を生み出してきた。

年間ヒット曲の1位から5位まで全てが、
作詞家の書いた曲だった年もあった。

「才能ってさ、質は人によって違うんだけど、量は誰でも同じなんだ。
つまり、いくら優れた才能を持っていても、使い切ったら終わりなんだ。
空になったジュースの瓶みたいに、何も出てこなくなるんだよ」

作詞家は青ざめた。

しかし、何とか心を奮い立たせて、綺麗な男にこう言った。

「才能の量が決まってるなんて嘘よ!世の中には多作な作家や
死ぬまで名曲を書き続ける作曲家だっているじゃない!」

「そうそう、そういうアーティストもいるよね。
彼らは皆、特別な契約をしてるんだよ。
実は、僕、その契約の件であなたと話すためにここに来たんだ」

綺麗な男は、「実は」から少し小声になって言った。

男によれば、他の大切な能力や寿命と交換することで、
才能の量を増やすことができるという。

作詞家は、名作をたくさん残して早死にした小説家や
正気を失いながらも評価される作品を描き続けた画家や、
失明してなお、喝采を浴び続けた歌手のことを思い出した。

「まさか……」

「別に信じてくれなくてもいいけど、あなたの才能の質は特別たから、
一応知らせてあげようと思ったんだ。
もし、僕と契約したくなったら、いつでも呼んでよ」

男はゾクリとするほど魅力的な顔でウインクをよこした。

「ああ、それと……あなたの才能、まだ空っぽってわけじゃないから、
少しでも残っているうちなら、増やす方法もあることはあるんだ。
その方法は……」

「その方法は?」

作詞家は固唾をのんで男の次の言葉を待った。

「その方法は……僕からは教えられないんだ。
でも、あなたなら、きっと見つけられるから!
だって、僕…… あなたの歌詞のファンなんだ」

綺麗な顔を赤らめて、最後に小声で付け加えると
男は作詞家の前から姿を消した。

次の日も、作詞家は頭を抱えて悩んでいた。

だが、その悩みは、昨日までとは大きく違っていた。

作詞家の頭の中には、人の心を打つ美しい言葉が、
次から次へと溢れ出していた。

にもかかわらず、悩み続けていたのは、作詞家の頭に、
こんな疑問が浮かんでいたから。

溢れだす言葉たちを、これまでのように簡単に
紡いでしまって良いものかしら?

作詞家は、頭の中にあふれる言葉を、
それまでよりもずっとずっと、大切に感じていた。


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

ショートストーリー, ハロウィン, 世にも奇妙な物語

その店は、住宅街の奥の路地裏にひっそりと建っていた。

入口の洒落たドアには、金色の文字で店の名前が書かれている。

昨日、飲み屋で意気投合した男が教えてくれた店だ。

男が言っていたあり得ない話の真偽を確かめるため、
今日は仕事を早々に切り上げてやってきた。

ずいぶんわかりにくい場所だったが、確かに店はあった。
だが、まだ、男の話が本当だと決まったわけではない。

恐る恐るドアを開けると、「いらっしゃいませ」という声がした。
女だったら惚れてしまいそうな低く魅力的な声だ。

カウンターに腰かけると、端正な顔立ちのマスターに、
「何になさいますか」と訊ねられた。

喉がカラカラだったのでビールを注文し、ぐっと一杯のみ干して、
ようやく人心地がついた。

落ち着いて店内を見回すと、客は俺一人だ。

趣味の良い内装だが特別高級というわけでもない、
どこにでもありそうな普通のバーだ。

2杯目のビールをちびちびと飲みながら、
俺はどうやって確かめようかと考えを巡らせた。

本当に、ここは男が言っていたような店なのか?

3杯目のビールグラスを空にして、やっとマスターに話しかけた。

「あのう……」

ちょうどその時、さっきまでダンディでクールだったマスターが、
突然オネエ言葉でまくしたてた。

「ああ!もう我慢できないっ!アンタも仲間なんでしょう?
最初からずっと待ってたのに、ちっとも切り出さないんだからぁ!
明日仲間が行くからよろしくって電話貰ってたから知ってたのよぉ」

そう言いながら頬の肉をグイッと引っ張ると、
端正な顔立ちのマスクが外れて、
ただれた皮膚と眼球の落ちかけた目が現れた。

俺は思わず立ち上がって、「マスター!?」と叫んだ。

「大丈夫よ!今日は特別な日なんだから、本当の姿を見せてもいいの」

眼球が留まっている方の目を閉じてウインクをすると、
手を伸ばして俺の髪を鷲づかみにし、頭の皮をずるりと引きはがした。

俺の頭がふっと軽くなって、半分むき出しになった頭がい骨と、
ぱっくりと割れて血が固まりかけた額の大きな傷が現れた。

「それより、早く街に繰り出しましょうよ!」

そうか!その言葉で俺はようやく、今日が何の日だったか気付いて、
マスターと顔を見合わせながら、あの合言葉を言った。

「Trick or Treat!」
「Trick or Treat!」


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

ショートストーリー, 可愛い彼女, 秘密

「空から大きな宝石のついた指輪が降ってきますように」

「持ち主の現れない大金を拾いますように」

「人からもらった宝くじが大当たりしますように」

「何じゃこりゃ?!お前はアホか!」

和弥は短冊の願い事を大きな声で読み上げると、呆れた声でそう言った。

玄関には小さな笹竹が立てかけてあり、折り紙で折った船や奴と一緒に、なな子の願い事を書いた短冊が結びつけてあった。

「だって、ホンマにそう願ってるんやもん」

口を尖らせてななこが反論する。

「宝石泥棒が高架を逃げる途中でぽろっと落っことした指輪がたまたま下の道におったうちの頭に落ちてくるかもしれへんし、大金を拾った人の話なんかいくらでも聞くやないか。
宝くじだって、自分ではアホらしいて買えへんけど、誰かにもらったくじが偶然大当たりするっていう事だって、絶対無いとはいえへで!」

「なぁ、ゆうたん」

早口でまくし立てた後、ななこは腕の中の息子に微笑みかけた。

「お前にはかなわんわ」

和弥は、くるくると表情の変わるなな子の顔を見ながら笑いが込み上げてきた。

「あのな、今度、同窓会があるやんか、そん時な、みんな着飾ってくると思うんや。
うちかて新しい服着て指輪つけていきたいなぁって……」

確かに和弥の給料は安いし、祐太郎は生まれたばかりだし、宝くじにでも当らなければ、なな子に指輪など買ってやる余裕はない。

それにしても、空から降ってきますように、はないだろう……。

和弥は笑いながら、「わかったわかった」とななこの頭を撫でた。

「ほな行ってくるで」

和弥はまだ笑みの残る顔でそう言うと、遅番の仕事に出かけて行った。

******

「あんたぁ!なんで死んだん? なな子を置いていかんといて!!

ゆうたんのことはどうすんねん!? アホ! 目開けてえぇぇぇ!」

喉が切れるかと思うほど大きな声で叫んでも、なな子の倍もある大きな体を揺さぶっても、和弥は目を開けてくれない。

「いやや!いやや!いやや!いややあぁぁぁぁぁ;………」

誰がどんなふうに準備をしたのかも思い出せないが、なな子は喪服を纏って、祭壇の前にいた。

黒いリボンをかけられた和弥がなな子に笑いかけている。

「いやや……」

その時、暖かな手がなな子の肩をそっと抱いた。

振り向いたなな子は、その手が差し示す方を見て驚いた。

祭壇に向う喪服の人々の、長い列がどこまでも続き、なな子が見える範囲は、全て悲しみの黒に埋まっていた。

隣の人の胸に顔をうずめて泣きじゃくる女性。

赤くなった目で瞬きもせず、じっと前を見詰める男性。

腰の曲がったおばあさんも、白髪頭のおじいさんも、ぬいぐるみを抱えた小さな子供も、皆心からの悲しみを表しながら、祭壇へと進んでいる。

こんなにも大勢の人が、和弥のために泣いてるんや……。

和弥の死を悼む人々の列は、なな子に慈悲の眼差しを向けながら、祭壇に向って粛々と進んでいく。

どこまでもどこまでも続く長い悲しみの行列……

「和弥……」

なな子が和弥の名を呼ぶと、熱い涙が視界を塞いだ。

「なな子、なな子!」

肩に置かれた暖かな手がなな子の体を揺さぶっている。

「なな子!なな子!」

「そんなに泣いてどうしたんや?」

暖かな手が和弥のものだとわかった時、なな子は辛い夢から覚めた。

「和弥!」

「和弥!好きや!大好きや!うちを置いてどこにもいかんといて!」

なな子は濡れた目と頬のまま、和弥の大きな体に抱きついた。

「どうしたんや?なな子。どこにもいったりせえへんで」

和弥の体のぬくもりをしっかりと確認すると、ようやくなな子は人心地がついた。

「そうや!」

大切なことを思い出してベッドから立ち上がったなな子は、あっけに取られている和弥を残してリビングへと駆けて行った。

引き出しからマジックと短冊を取り出すと、大きな字でひとつだけ願い事を書いた。

<家族三人がずっと元気で暮らせますように!>

玄関に行って、結んであった短冊を全て取り払い、今書いたばかりの短冊をきつく結びつけた。

なな子は、あの夢のおかげで、今ある家族の笑顔こそが、なな子にとっての大きな宝石だと、はっきりと気づいていた。

※このショートストーリーは、隔週金曜配信のメールマガジン「ブリリアントタイム」に掲載されています。

ショートストーリー, 素敵なひと

土曜日の同窓会に春子も来ると聞いて、里緒は少し動揺した。

なぜ彼女の名を聞くと、こんなにも心が波立つのだろう?

里緒は微かな不安と苛立ちを悟られないよう、
手にしたカップの珈琲を一口飲んだ。

幼い頃から近所でも評判の美少女だった里緒は、
両親の期待を裏切らない美しく品の良い女性に成長した。

大学を卒業し、国際線のスチュワーデスになったが、
3年前の秋に退社して、現在は大手の人材派遣会社で
マナー研修のインストラクターとして働いていた。

インストラクターになってすぐの冬、ホテル従業員研の研修に出かけた時、
偶然、パートとして働いているかつての同級生と出会った。

電話番号とメールアドレスを交換し、共通の友人とも連絡を取って、
時々集まってお茶を飲むようになった。

その日は、十数年ぶりの同窓会の話しで盛り上がっていた。

「そういえば、春子って今何してるのかしら?」
仲間の一人が口にした。

「あんなにバリバリやってた仕事をあっさり辞めて、
田舎で主婦してるらしいわよ」

それほど仲が良かったわけでもない春子を皆が印象深く感じているのは、
卒業して数年の頃、春子が経済誌で大きく取り上げられていたから。

有名な菓子メーカーの企画開発部門に属した彼女が、
開発に関わった商品を次々とヒットさせ、
そのうちの一つは、新しいスタンダードとして、
ライバル他社がすべて類似品を追従発売するほどの大ヒットになった。

当時まだ20代前半だった彼女のめざましい活躍は、
女性誌が特集を組むほどだった。

春子だけには絶対に負けたくない!
その時も、里緒は強くそう感じていた。

里緒がそう思うのには理由があった。

学生時代、里緒が密かに思いを寄せていた先輩が春子に告白して振られ、
それでもなかなか諦めきれないでいる、という噂があったのだ。

その真偽は確かでないが、そんな噂が立ったこと自体、
里緒には耐えられないことだった。

春子はさして美人というわけでもなく、スタイルだってごく普通で、
学生時代の成績は里緒の方がずっと良かった。
友達の数もセンスの良さも趣味の多さも、
里緒の方が少し上をいっていたはずだ。

春子が結婚した相手は千葉から通勤するサラリーマンだと聞いているが、
里緒の夫は公認会計士で、都内の一戸建てに住んでいる。

里緒は全てにおいて、春子に少しずつ勝っているはずだと思う。
それなに、どうして………。

同窓会当日、里緒はいつもにもまして念入りにメイクをし
丁寧に髪を整えていた。

30をだいぶ越えたというものの、鏡に映る体はまだ美しく、
くびれたウエストラインも引き締まった脚も健康的だった。

緩やかに体に沿うワンピースは、スタイルの良さを強調してくれた。

里緒は最後の仕上げにジュエリーボックスを開け、
繊細なデザインのネックレスを選んで取り出した。
細く輝く鎖の先には、見事なカッティングのダイヤモンドが揺れている。

広めに開いた胸元にあてがったダイヤモンドが光を集めて
白い肌を照らしていた。

洗練されたジュエリーが、里緒の美貌と気品をさらに高めているようだった。

里緒は鏡に向かって微笑むと、カシミアのコートを羽織って玄関に向かった。

同窓会の会場には、旧交を温め合うざわめきと笑い声が満ちていた。

里緒が会場に足を踏み入れると、
里緒を見た同窓生たちが一瞬息を呑む様子がわかった。
振り返ってまで向けられる羨望の視線が心地良かった。

近寄ってくる何人かの旧友たちと言葉を交わしながらも、
目はずっと春子のことを探していが、春子の姿は見あたらず、
仕方なく里緒は小さなグループの中心に立って、
服やダイヤモンドを褒める旧友たちと他愛ない会話に興じた。

30分くらいした頃だろうか、
入り口のドアが勢いよく開いて、誰かが中に飛び込んできた。

振り返ると、そこには、パーカーにジーンズというラフな格好の春子が居た。

走ってでもきたのだろうか?頬と鼻の頭が赤くなっているし、
髪が少し乱れている。

いくつかの歓声が上がって、何人かが春子の元に駆け寄って行った。

春子は、髪を押さえつけながら、会に遅れた詫びを言い、
理由を説明していた。

朝、子供を預けるために実家に行くと、
近所のおばあちゃんに遊びにおいでと誘われた。

時間もたっぷりあったので、おばあちゃんの菜の花畑を
子供にも見せてやろうと連れて行って遊んでいると、
おばあちゃんが突然ぎっくり腰になってしまった。

慌てて病院に連れて行き、おばあちゃんの代わりに畑仕事を手伝った。
喜んだおばあちゃんから野菜や菜の花をたくさん貰ったけれど、
すっかり時間が無くなって、自宅に戻って着替えることができなかった。

……というような話を、春子は身振り手振りを交えて
おもしろおかしく話していた。

珍しい畑仕事を幼い子供が喜んでいた様子だとか、
田舎のおばあちゃんは人を平気でこき使うけれど、
おやつに出してくれた手作りの蒸しケーキは
代官山の人気カフェにも負けない美味しさだったとか、
どちらでもいいような春子の話を、皆、楽しそうに聞いていた。

里緒は料理を食べたり友人たちとお喋りしたりする時も、
さりげなく春子の近くをキープして、その話に耳を傾けていた。

一通りの近況報告が済んで、学生時代の思い出話にも一区切りついた時、
春子は思い出したように踵を返すと、ドアの外に走って行って、
両手に大きな袋を二つ提げて戻って来た。

袋の中は、黄色い花で埋め尽くされていた。

「遅れたお詫びに、おばあちゃんからもらった菜の花を持ってきました。
貰ってくれる人はいませんか?」と大きな声で会場の同窓生に呼びかけた。

皆が振り返って春子の方に近づいて行き、
春子の前にはあっという間に人垣ができた。

里緒は、お洒落した同窓生の中で、
「春子から春のプレゼントでーす」
とおどけながら花を配るジーンズ姿の春子が、
まるで花屋の店員のようだと思った。

その時、里緒の近くに居た男性達が、
苦笑しながら話している声が耳に入った。

「……ったく、春子のヤツ変わってないな。
皆めかし込んで来てるっていうのに一人だけあんな格好で……
でもさ、あいつの目ってイイよな、
いつでも生き生きしてるっていうかさ……」

「わかるよ、人生楽しんでます!っていう目だもんな。
うちの嫁さんもあんな目でいてくれたら
いつまでも可愛いと思えるんだけどなあ。ははは!」

目!?

里緒は男性達の言葉にハッとして、もう一度春子の顔を見た。

両手いっぱいの菜の花の奥で、にこやかに笑う二つの瞳には、
春の黄色が写り込んで、里緒の胸元で輝く大きなダイヤモンドよりも、
もっときらきらと輝いていた。

春子に抱いていた里緒の強いライバル心は、
敗北心に変わっていった。

春子の顔を見詰めたまま動けないでいる里緒に気付いて、
春子がちょっと驚いた顔をした。
そして、里緒に一歩近づくと、
「里緒さん?なんて綺麗なの!」と大きな声で里緒を褒めた。

その言葉は思わず飛び出てしまったといったふうで、
その声には微塵のお世辞も感じられなかった。

「昔から美しい人だと思ってたけれど、ちっとも変わらない!
素敵なネックレスもよく似合ってる!
お花が負けてしまいそうだけれど、里緒さんも少しどうぞ」

春子は屈託のない笑顔でそう言って、黄色い花束を差し出した。

春子の二つダイヤモンドの輝きが、
里緒の心にまでやわらかな光を投げかけたような気がした。

里緒は、「ありがとう」と言って優雅に微笑み、
もう一度、今度は春子にふさわしいライバルになりたいと思った。

 

このショートストーリーを掲載のウオッチコレメールマガジン「ブリリアントタイム」は、
隔週金曜配信中です♪

Happyの予感, クリスマス, ショートストーリー

「うそだろ?……」

茫然と立ち尽くすアイツに、皆があわれみの表情を向ける。

「おまえ、ついてねぇな」

ポンと肩を叩いた先輩は、自分が行かなくて済む安堵でにやついている。

「悪いな」「申し訳ない」「よろしく頼む」

次々に声をかけられながら、アイツはン千万の商談がポシャリそうに
なった時よりもっと困った顔をしていた。

「俺が代わりに行ってやるよ」

そう声をかけると、口をあんぐりとあけて驚いている。

そりゃあ、そうだろう。オレだって、秋に結婚したばかりの新婚で、
カミさんの腹には子どもがいる。

身重の妻が、知り合いも少ない東京で初めて迎えるクリスマスだというのに、
旦那が5日間も留守にするなんてありえない。と普通なら思うだろう。

しかし、アイツだって、去年は付き合いたての彼女を置いて、
ひとりで雪の田舎にこもるという、あり得ないクリスマスを過ごした。

俺はフラれることを承知で沈んでいる彼女を食事に誘い、
案の定見事玉砕して、ひとりでヤケ酒を飲んだおかげで、
今のカミさんと知り合った。

世の中、何が幸いするかわからないものだ。

馬鹿正直なアイツは、まだ、彼女にプロポーズさえしていない。

アイツのことだから、どうせ今年のクリスマスに……
なんて考えていたのだろう。

そのクリスマスを、また、東北の雪ン中で過ごすことになった。
なんてなったら、彼女だって、もう待っていてはくれないかもしれない。

「オレが行くからいいよ。オマエの代わりだって言ったら、
カミさんだって納得せざるを得ないだろうし、大丈夫だよ」

アイツの顔に少しずつ表情が戻ってくる。

「本当にいいのか?」

「ああ、いいよ」

「雪の他には何もないぞ」

「そうらしいな」

「もし、おまえのいない間に奥さんに何かあったらどうするんだ?」

「その時はオマエがなんとかしてくれよ」

「そ、そうだな……。ありがとう!恩に着るよ!」

今頃アイツは、彼女に指輪を渡しているだろうか。

奮発して予約した店からは、イブの夜冬の花火が見えるらしい。

シャンパンと花火と彼女の笑顔……
お膳立てはバッチリだから、きっとうまくいくだろう。

「ほっんと、すごい雪!それに、誰もいないし、何にもない所ね」

「ちょうどいいじゃないか、仕事中にこんなことができるんだから」

オレは窓の外を眺めるカミさんを抱き寄せてキスをした。

代わってやるとは言ったけど、誰もひとりで来るとは言ってない。

雪に閉ざされた田舎の事務所で、5日間の電話番。

かかってくるかこないかもわからない数本の電話のために、
本社が毎年人をやるのは、ここにかかってくる電話を発端に
大きな商売が始まったことが、一度や二度じゃないからだ。

携帯電話の電波もとどかないような場所で、
雪景色だけを見ながら、ひたすら電話を待つだけの事務所。

ひとりなら監獄だ。

でも、新婚のカミさんと一緒なら……

「いやン、ダメよ、あっ……」


このショートストーリーは、大阪の時計店【ウオッチコレ】メールマガジン『ブリリアントタイム』に掲載されています。

クリスマス, ショートストーリー, 恋するキモチ

「本当にいいのか?」

「ああ、今年の東北出張は俺が行くから安心しろ」

毎年この時期にある東北への出張は、クリスマスを挟んだ5日間。

当然、家族や彼女のいる奴はもちろん、特に予定のない奴だって、
雪ばかりでイルミネーションもないような田舎には行きたがらない。

誰が行くかはくじ引きで決めるのが常だった。

だが、今年は、俺が自分から行くと言いだしたので、
部内にざわめきが起こった。

こちらに居れば彼女に会いたくなるし、
会わなくても電話してしまいそうだ。

だが、あの田舎なら、携帯の電波さえ、まともに入らないだろう。

俺の彼女は、自分のことを、平凡でつまらない女だと思っているようだが、
もちろん、そうじゃない。

取引先の業務部にいる彼女のことを狙っていた男は、
この部署だけでも4人いた。

いや、今だって、諦めていない奴がいるかもしれない。

もちろん、俺もそのうちのひとりだったし、あいつもそうだった。

話が急展開したのは、夏の暑さがようやくひいた9月最後の週末。
あいつと二人で飲みすぎて、どちらも彼女に本気だということがわかった。

男らしく正々堂々と戦おうじゃないかと誓いあって、
どちらが先に告白するかを、じゃんけんで決めた。

あんなに真剣にじゃんけんしたのは、
ビックリマンチョコのレアシールを、誰が貰うかで争った
小学校のとき以来だった。

先に告白する権利を得たのは、俺の方。
そして、彼女の争奪戦に勝ったのも、俺だった。

あいつは、告白するチャンスさえ失くして、
彼女のことはきっぱり諦めると言った。

ただし、俺たちはこんな約束もしていた。

例えどちらが勝ったとしても、
相手に敬意を表して、今年のクリスマスはひとりで過ごすこと。

簡単な約束だ、とその時は思った。

だが、彼女と付き合い始めると、ふたりで迎えるはじめてのクリスマスを
彼女がどれほど楽しみにしているのかが分かって、約束を後悔した。

泣きながら「来年……」なんて言い出したときには、
すぐに抱きしめて「冗談だ」と言い、
約束なんて忘れたふりをしようかと思った。

それでも俺は平静を装い、彼女を抱きしめるのも我慢して、
「来年のクリスマスはどんなことがあっても一緒に過ごそう」
と誓った。

「来年……来年……くそぉ、早く来年にならないかなぁ」

雪の他には何も見えない窓の外を眺めながら、
うわごとのように「来年」を繰り返す。

笑えるくらいに何もない田舎での5日間は、
精神修行になるのではないかと思う。

「来年は彼女と過ごすぞぉ!! 」

ひとりっきりの事務室で、天上を向いて叫んだ。

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クリスマス, ショートストーリー, 恋するキモチ

「えっと……あの、じゃあ、来年のクリスマスは一緒に……」

なんとかそこまでは言葉にしたけれど、その先は嗚咽になった。

涙がこらえられなかったから。

この先一生会えないというわけでもないんだし、
クリスマスを一緒に過ごせないくらい、大したことではない。

そう自分に言い聞かせようとしても、溢れる涙が止まらない。

「ごめん……なさ…ひぃっく」

何年も片思いしていた彼と、実は両想いだったことが分かったのは、
良く晴れた空が嘘みたいに青かった10月の日曜。

世界中のラッキーを一人占めしたんじゃないかと思うくらい幸せだった。

でも、その幸せは、翌日にはすぐ不安に変わって、
夢を見たんじゃないだろうか?とか、
からかわれただけだったのかもしれないとか、
何か勘違いしている可能性もあるし。などと考え始めた。

不安が襲ってくる度にじっと覗き込んだ彼の瞳は明るい茶色で、
一点の曇りもなかったけれど、
不安は解消するどころか、日増しに大きくなっていった。

彼と一緒に出掛けると、綺麗な女の子たちが彼のことを見ている気がして、
こんなに素敵な彼と自分は、釣り合わないように思えて仕方なかった。

新しい服を買っておしゃれをしても、頑張ってメイクしても、
料理を習っても、スポーツクラブに入って少し痩せても、
不安はちっとも消えなかった。

片思いのまま、ときどき目が合うのを喜んでいた方が良かった。

そんなふうにさえ思い始めた12月、
一週間ぶりのデートで彼が口にした言葉に叩きのめされた。

「あのさ、クリスマスは会えそうにないんだ」

<ほらきた!>

心の中の自分が、したり顔で言った。

<ほかの女と会うからに決まってる!>

追い打ちをかけるように続ける。

(そうやってすぐ決めつけるのは良くないんじゃないかなぁ……)

弱々しい声でもう一人の自分もつぶやく。

(たまたまクリスマスに何か用事があるのかもしれないし……)

<付き合って3か月目の恋人に会う時間もないほどの大切な用事って何?>

(そ、それは……)

いじわるそうに言われると、もう一人の自分は黙りこんだ。

「……えっと……あの、じゃあ、来年のクリスマスは一緒に……」

長い長い沈黙の後、ようやく絞りだすことができたのは、
来年の約束だった。

どうして会えないの?だとか、代わりにいつ会えるの?だとか
聞くべき質問はいくらでもあったはずなのに。

彼はちょっと驚いた顔をした後微笑んで、

「わかった、約束するからもう泣かないで。
来年のクリスマスはどんなことがあっても一緒に過ごそう」

と言った。

彼は嘘をつかないひとだ。

これで、すぐに振られても、来年のクリスマスにだけは、
もう一度会えると思った。

少し安心して、また涙が出た。

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